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  • 021019
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広電物語(3) : 「喫茶・マトバ」

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広島市内を走る路面電車。通称「広電」。
ここではその「広電」の駅にちなんだショートストーリーを公開しています。
全て作り話の”つもり”ですが、広電に乗ればそんな風景も・・・
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■広電路線図■

Rosenzu


広電物語【2】-(3) : 「喫茶・マトバ」


 カラーン、コローンと音を響かせ扉を開ける。
 「いらっしゃーい」とオバちゃんの声がする。
 ツッカケを履いた足をズリズリ言わせながら、水とおしぼりを持ってきて、「何にされますか?」と聞く。
 オレは笑って、「ホットコーヒーで」と答えた。そして聞かれても無いのに、「今日は結婚式帰りなんですよ」と付け加える。
 「あれ、はぁ終わったんね?」
 「いや、昨日、東京で」
 「はぁはぁ、そりゃあナンギなことじゃったねぇ」
 
 そう、オレは広島に帰った途端、家にも帰らず『喫茶・マトバ』に直行していた。
 何故だか知らないが、新幹線に乗っている間、というよりは、昨日の披露宴でどっかのオッサンが祝辞を述べている最中から、無性にここに着たくて仕方が無かった。
 決して、ここのコーヒーが飛び切り美味い訳ではない。
 古ぼけた『喫茶・マトバ』は、見ようによっちゃあレトロだが、いわば古臭い喫茶店で、レンガ色の壁に開くとカランコロンなる重々しい扉、入ったらすぐにあるマンガ、しかも古本屋より古いマンガ。ツッカケの音。埃を被った扇風機。
 オレは他の街に営業に行って広島駅に戻った時や、猿侯橋の問屋に行ったら、喫茶・マトバで一服するのが習慣になっていた。
 何となく他に知った店が無かったのと、強いて言えばここのオバちゃんの広島弁が心地よかったからか。
 近くにタバコが吸えるチェーン店が無かったから、ってのもあるけど。
 
 会社の後輩の結婚式で、久々に東京に戻ってみて、感じた。
 オレはすっかり広島のペースに馴染んでいるし、周りもオレのことを「広島に行った奴」として見る。
 「広島弁、喋ってみてよ」とか、「何か美味いもの送ってくれよ」とか。
 東京=二十六年、広島二ヶ月。
 それでも周りから見たオレの印象は代わり、そして自分自身、多少は変わっただろうし、また変わったと思い込んでいる節もある。
 
 しかし、ハッキリ言うよ。広島弁なんて簡単には話せないよ。
 「~じゃけぇ」ってのは、よく東京の人が思い描く広島弁なんだろうし、二次会でも「本場のじゃけぇを言ってみてよ」なんてアホな注文を受けたが、そんなに「じゃけぇ」を聞いたことがない。
 しかも、広島に居ると皆が広島弁なので、当たり前だが、どれが広島弁なのかよく分からない。
 どちらかと言うと、方言はイントネーションに出る。
 例えば、「何にされますか?」は、東京だと、「ナニに(↓)、されます(→)、か(↑)?」だが、オバちゃんのは、「ナンに(↑)、され(→)ま(↑)す(↓)か(↑)?」で、そんなもの二ヶ月やそこらではマスターできない。
 なんて熱弁を奮っている時に、オレは感じた。オレは既に「広島に行った奴」というレッテルを好んで貼られ、正当に理解されないことに腹を立ててすらいる。
 それはある種の愛着なのだろう、と。
 
 しかし、東京で「広島に行った奴」なオレは、広島では「東京から来た奴」なので厄介だ。
 広島に居ると、「東京にはこんなんがあるんじゃろ?」とか、「東京の方じゃったらどぉーよぉなん?」とか言われる。
 それはそれで、東京に愛着とアイデンティティを感じるわけで、ウザったくもあるけど、誇らしくもある。
 そんなことを思っているうちに、次第に自分がどっちつかずな様な気がしてきて、戻るところといえば喫茶・マトバぐらいしかなかった訳で・・・

Hiroden


 シュカっ、とライターを鳴らし、タバコに火をつけて煙を吐き出そうと、口をすぼめたしたところでオバちゃんがホットコーヒーを持ってくる。
 「おーきな荷物もっとるし、仕事じゃないんじゃろぅたぁ思ぅたんよね」
 なんて言いながら、ズリズリ、カウンターに帰っていく。
 
 同期には地方都市出身の奴らもいて、オレは今までそいつらのお国自慢を「へぇ、いいねぇ」などと言いながらも、どこかプライドの様なものがあったような気がする。それは侮蔑と言ってもいいのかもしれない。
 しかし、今は本気で羨ましい。
 喋れる方言があって、行きつけだった料理屋があって、懐かしい海があって、会える仲間がいて。
 オレにあるのは喫茶・マトバと、既にキッタナイ我が家だけだ。
 新幹線で広島駅に着いてホッとして、駅からここまで歩いてワクワクした。ここに入る時にオレの前を横切った広電の不器用にガタゴト鳴る音に、オレは懐かしさすら感じた。たった二日離れただけなのに、だ。
 
 第二の故郷ってのは、こういうものかね。
 ホットコーヒーを啜ると相変わらずの苦い味がして、店の前を父子が通り過ぎる。
 カープの帽子をかぶった子供が楽しそうにメガホンを叩き、父親がそれをたしなめる。
 「迷惑になるじゃろぉが」とか、そんなことでも言っているのだろうか。
 窓越しに見える、そんな風景の一つ一つが羨ましく、宙ぶらりんな自分の姿を突きつけてくる。
 「今日はカープの試合があるん?」
 おぉ、思わず広島弁になってしまった。
 オバちゃんは嬉しそうに、「今日は天気もえぇし、マエケンが先発じゃけぇね」と言った。
 「球場、近いん?」
 すみません、まだ広島弁の敬語が使いこなせないのです。
 競馬新聞を眺めていた隣の席のオヤジが、変なことを聞くなぁ、そんなことも知らないのか、という顔をする。しまった、とオレは思ったが、オバちゃんはいつもの笑顔で、「五分も歩きゃァあるよ」と言った。
 
 球場にでも、行ってみるか。
 場所もよく分からないし、開始時間も知らないし、一人だし、相手チームも分からないし、マエケンぐらいしか選手も知らないし、スーツだし、馬鹿デカイ引き出物も持ってるけど・・・
 コーヒーを飲み干し、席を立って勘定を済ませ、球場への行き方を尋ねると、オバちゃんが言った。
 「その大きい荷物、置いていきんさいや。置いといたげるけぇ。スーツも脱いどきゃエェわ。帰りにまた取りに来んさいゃ」
 オレは笑顔で頷いた。


   2010020517120001


(この物語はフィクションです)

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 広電物語【2】 広島駅~広島港(宇品) 宇品線 「広島駅に降り立って」他

 広電物語【1】 広島駅~広島港(宇品) 皆実線 「広島駅から広電に乗って」他

 

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Hiroden2

投稿情報: 21:55 カテゴリー: 広島の作り話 | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)

広電物語(2) : ちぃと猿侯橋まで

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広島市内を走る路面電車。通称「広電」。
ここではその「広電」の駅にちなんだショートストーリーを公開しています。
全て作り話の”つもり”ですが、広電に乗ればそんな風景も・・・
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■広電路線図■

Rosenzu


広電物語【2】-(2) : 「ちぃと猿侯橋まで」


 「ちぃとエンコーバシまで行ってきてや」
 「え?あ、はい」
 
 と、奥田民生似の支店長に言われて思わず、「はい」と言ったは良いが、エンコーバシ?
 聞いたことがあるような、無いような・・・
 援助交際が盛んな橋なんだろうか・・・
 
 支店長は言うが早いか事務所を飛び出していた。
 こっそりする必要もないのだが、何かこっそりしながらグーグルでエンコーバシを検索してみる。
 まぁ当然出てこないわな。
 地名なんだか、店名何だか、それすらも定かではない。
 エンコーバ市。エンコ橋。エンコーバッシ。援交橋。どれも出てこない・・・
 
 まいったな。
 つーか、オレ、広島来てまだ一週間だし、地名言われても分かんないんだよ。
 大体、「ちぃと」が「ちょっと」の変形だと知ったのも、つい先日のことだ。
 仕方なく周りを見渡すと、こんなときに限ってブンゾーしかいない。
 ブンゾーは菅原文太と草履を足して二で割ってさらにクシャっと上から潰したような顔をしたオッサンで、社内ではオヤジさん、と呼ばれているが、オレは勝手にブンゾーとあだ名をつけていた。文太と草履でブンゾーである。
 驚いたことに、オレも含めて広島支店は営業五人全員が男。その他経理兼庶務兼酒及び弁当注文係一人が三十路爆進中の陰険凶暴姉御肌。オレが一番年下。という異様な陣容だった。お茶くみとゴミ出し、それから宴会支払いの役割は当然、姉御からオレに回ってきた。
 中でもブンゾーは最古参だ。人は悪くないんだろうが、何を言ってるか、広島弁がきつくて殆ど分からない。
 
 「あのぉ。ちょっとすみません」
 「おぅ、なんじゃぃ」
 「エンコーバシって、何ですか?」
 「何って、エンコーバシゆぅたら、エンコーバシに決まっとるじゃろ。何ぃゆぅとるん?」
 「えぇっと、ちょっと店長に行ってきてって言われたんスけど・・・」
 「おぅ、ほんならついでに電球こぉてきてくれんかぃね」
 「は?」
 「おぉけぇな電器屋があるじゃろぉが。便所の電球が切れとるゆぅてカエデがやかましぃんよ。たのまぁや」
 「・・・なるほど」
 
 そう言うが早いか、オレの肩をぽんぽん、と叩いてブンゾーは喫煙所に行ってしまった。
 ブンゾーは昔からそうだったのか、年をくってそうなったのか、他人の意図を全く理解しない。
 どれだけストレートに挑んでも、会話がかみ合わない。
 よくこれで営業ができるもんだ。
 
 カエデ、というのは姉御の本名で、楓よりもムカデの方がイメージに合っていたが、一応、女子便所に入っていたようだ。
 ムカデは顔は美人なんだろうし、この会社で唯一の女性で、年もオレを除いては一番下なので、もっと人気があってもよさそうなのだが、如何せん性格がドぎつくて、厄介な不良娘が住み着いたもんだ、といった雰囲気で捉えられている。
 電球のサイズを確かめようにも女子便所に入るわけにはいかないしなぁ、と思って男子便所に行ったら、サイズが二種類あるようだった。
 仕方ない、どっちも買うか。
 てか、エンコーバシってどこよ?

Hiroden


 困ったなぁ、と思いながらも案外オレはのん気に手を洗う。
 手をピチャピチャ跳ねさせながら、肩で扉を押して外に出ると同時に、何故か隣の女子便所の扉もキィと鳴って、副支店長が出てきた。
 
 「ふ、ふくちょー!何やってんスか!!」
 「は?そんなデカイ声だすなゃ。便所に用事ゆぅたら一つしかないじゃろ?あぁ、いや、二つか」
 「いや、そうじゃなくて、そこ女子便所っすよ」
 「知っとるよ。男子便所の大けぇ方が閉まっとったけぇね」
 「いや・・・閉まってたって言っても・・・」
 「大丈夫よぉ。お向かいの会社さんは先月倒産しちゃったし、うちに女なんてカエデしかおらんのじゃけぇ」
 「はぁ、まぁ、そうですね・・・」
 
 オレは妙に納得して、副長に電球のことを伝えた。すると副長は、
 「きれとるん?夜に行かんけぇ分からんわ。はっはっは」
 とか何とか言って、部屋に戻っていった。
 何が何だか分からんのは、こっちですよ。
 全く、広島の人間は「相手が分からないんじゃないか」なんて思想を持ってないんじゃないだろうか。
 オコノミ、エキ、ヒロデン、全部そうだ。一つじゃないのに、みんながそれで通じてしまう。
 先日、外回り中の副長に電話して、「今どこですか?」と聞いたら、「あぁ今、街におるょ」と言われて絶句した。
 まぁ、いいんですけどね。
 
 諦めたよ、諦めた。
 オレはスーツを着てから、鞄を持って階段を下りてビルの外に出た。
 春の日差しに背伸びを繰り返すのん気な警備員の肩を叩いて、「エンコーバシに行きたいんですけど」と伝えたら、何のことは無い、あっさりと「あぁそれなら広電に乗りんちゃい。おにぃちゃん、広島来たばっかりじゃったっけね。エンコーバシは駅の一つまえじゃけぇね」と、腰をクネクネさせながら答えてくれた。
 そうなの?
 そういえば先月広島駅から広電に乗ったときに、聞いたような聞かなかったような。
 トボトボと広電の電停に行って、路線図を見てようやく合点がいった。
 「エンコーバシ=猿侯橋」
 なるほど、そこにはうちの卸があって、先日車で挨拶に連れていってもらった場所だ。
 電停からどうやってそこまで行くのかは知らないが、まぁ先方の名刺持ってるし、どうにかなるだろ。
 
 あ、電球・・・
 
 そう思ったとき、目の前に広島駅行きの広電がやってきて、オレは思わずそれに乗ってしまった。


  DSC00549

(この物語はフィクションです)

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 広電物語【2】 広島駅~広島港(宇品) 宇品線 「広島駅に降り立って」他

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投稿情報: 16:22 カテゴリー: 広島の作り話 | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)

広電物語(1) : 広島駅に降り立って

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広島市内を走る路面電車。通称「広電」。
ここではその「広電」の駅にちなんだショートストーリーを公開しています。
全て作り話の”つもり”ですが、広電に乗ればそんな風景も・・・
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■広電路線図■

Rosenzu


広電物語【2】-(1) : 「広島駅に降り立って」


 「へっ?広島に転勤っすか?」
 「うん、来月から、よろしくネ」

 ったく、簡単に人を移すよなぁ。何だと思ってんだよ。
 手元にある空になったペットボトルをゴミ箱に投げる。
 カッツーン、と音がして、プラスチック製のゴミ箱の淵に当たったペットボトルがコロコロと地面に転がる。
 勝手にしろぃ、そう心の中でつぶやきながら、律儀に拾いに行く。
 
 思えば東京を離れるのは生まれて初めてのことだ。
 不安が無いと言えば、ウソになる。
 しかも広島?カープと広島風お好み焼きと原爆ドームとヤクザ映画ぐらいしか知らない。
 モワモワンと、坊主頭の店長がお好み焼きを焼きながら、逆転負けしたカープに腹を立てている図が浮かんでくる。
 「ゴラァ、てめぇ東京モンたぁ、どーゆーことじゃあ。広島に埋めたるゾ」
 おぉぉぉぉ、恐い。オレ、ちゃんと生きていけるだろうか。そういえばアンガールズも広島か。あんなんでも生きていけるなら、大丈夫だろ。必死に頭の中に浮かんでくるハゲたエーチャンをかき消す。
 
 まったくわざわざ広島くんだりまで、こんな品の無いパッケージの飲料を売り込みに行く会社の気が知れないよ。
 社内ウェブで人数を調べたら、「広島支店:五人」とあった。
 オレ、六人目?
 支店長の写真を見る。支店長は奥田民生似の、ぬぼぉっとしたオッサンだった。とても優秀な営業には見えない。オレ、左遷?
 いやいやいや、そんな営業成績は悪くない。
 今年の冬だって、クソ寒い中、主力商品であるピンク色の炭酸飲料を部で三番目に売り込んだ筈だ。
 社内の素行だって悪いとは思えない。
 なんでそんなオレが広島なんかに転勤なんだ。

 ん?てか、引越しって、どうしたらいいの?
 実家から出たときは母親が全部やってくれたしなぁ・・・

 「あのぉ、部長」
 「ん?何?」
 「引越しって、家はどうなるんでしょう?」
 「知らないよ。探しておいでよ。今週末にでも」
 「へ?」
 「大丈夫、旅費、落ちるから」
 「いや、そういう問題じゃなくて・・・」
 「新幹線は、自由席な。金曜日、半ドンでいいから」
 「は、はぁ・・・」

Hiroden


 「まもなく、広島~広島~」
 そんなアナウンスと共に、オレは遥々広島までやってきてしまった。
 新幹線がスピードを緩め、左手に球場が見えた。あれがカープの球場か。
 ずっとトンネルが続いていたので、オレは少し不安になっていた。山ばっかりで、人はほとんどいないんじゃないだろうか。
 最後のトンネルを抜けると、ようやくマンションが並んでいたので、少しホッとした。
 どうやらオレ以外にも広島駅でそれなりに人が降りるらしい。
 オレは周りを見渡して、強面のオッサンがいないことに安堵した。
 かわいい女の子もいなかったが。
 
 そういえば、神戸より西に来たことなかったなぁ、と思った。
 ん、待てよ。沖縄行ったな。沖縄って広島より西?
 よく分からないが、少なくとも、陸路では、人生で最も西だ。

 うぅん、ずっと座っていたせいで腰が痛い。
 広島は遠いところですのぉ。
 来る前にちょっとだけ広島弁をネットで見て勉強した。
 「じゃけぇ」は案外使わない。文章の最後には「~のぉ」か、「~じゃろ?」を付ける。
 「オレ」は「ワシ」で、「ワタシ」は「ウチ」。
 ぷっしゅーと開いた扉からホームに下りる。伸びをしたら立ち眩みがした。
 広島駅は如何にも地方都市の駅、という感じで、以前行った新潟駅に、ちょっとだけ雰囲気が似ていた。
 看板を見ると、極太の赤い字で、「ワシャ広島が好きじゃけぇのぉ」と書いてある。
 な、なんと言うことだ・・・「じゃけぇ」と「のぉ」は組み合わせて使う用法もあるのか・・・しかも「ワシ」ではなく「ワシャ」?
 過ぎった不安を目の前のサラリーマンがさらに掻きたてる。
 エスカレーターに乗ったその中年のオッサンは、携帯電話を取り出すと、いきなり、「オォ、ワシよ、ワシ。今駅ィ着いたけぇのぉ。今からいっぺんそっち寄るわィ。タイギィけどしゃアないわァ。おぉ。ほんじゃアの」と呪文のようなことを言って、ソサクサと改札の方に歩いていってしまった。
 お、おぉ。あれが、広島弁か。大体の意味はわかったが・・・
 オレは着いて三分で広島弁を喋るのを諦めた。小さいァとィとォを使いこなせる気が全くしなかった。

 南口、という方が栄えている、と握り締めたオトリップというガイドブックに書いてあったので、そちらに向かう。
 金曜日の夕方ということもあってか、心なしか歩く人々の表情が明るい。
 結構な人数いるが、その大半が学生服を着ていたのが、何だか新鮮だった。
 「自動化しました」という看板が出ている改札機を抜けて、駅の外に出る。
 西日を浴びた春の広島駅が、ほんのりオレンジ色に色づいていている。
 右側に見える駅前の広場には噴水があって、その周りにこれまたいっぱい学生服を着た高校生が座っていた。
 うぅん、思っていたよりは、明るい街じゃないか。
 そう自分に言い聞かせて、波の様に引いては満ちてくる不安をなだめる。

 奥のほうでガタンゴトンと音を鳴らして、路面電車が止まる。
 そうか。そう言えば路面電車があるって書いてあったっけな。
 ガイドブックをめくると、どうやらその路面電車は「ヒロデン」と言って、今日泊まるホテルの近くにも行くようだ。
 オレは紫色に塗られた路面電車に近づいていって行き先を確認する。
 おぉ、ちょうどこの電車が着きそうだ。路面電車に乗るのは生まれて初めてだった。
 えぇっと、お金はどこで払うのかな。
 とりあえず、周りを見習って乗り込む。
 車体の左右にある横長い座席にはおばちゃんやおばぁちゃんがいっぱい座っていて、後ろの方では学生服を着た、まだ中学生っぽい数人が楽しそうに携帯電話を見せ合っていた。

 何個目の駅で降りるんだっけ?
 そう思って路線図を見上げると、ゴトンゴトンっと、少し頼りない音を立てながら、電車がゆっくりと動き出した。


  DSC00549

(この物語はフィクションです)

>> 広電物語【2】-(2) : [猿侯橋駅] 「ちぃと猿侯橋まで」

 

 広電物語【2】 広島駅~広島港(宇品) 宇品線 「広島駅に降り立って」他

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広島の作り話 : 広電物語【2】 広島駅~広島港(宇品) 宇品線

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広島市内を走る路面電車。通称「広電」。
ここではその「広電」の駅にちなんだショートストーリーを公開しています。
全て作り話の”つもり”ですが、広電に乗ればそんな風景も・・・
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■広電路線図■

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広島の街Top Page :「広島の街マップ」

 

広電物語【2】-(1) : [広島駅] 「広島駅に降り立って」
広電物語【2】-(2) : [猿侯橋駅] 「ちぃと猿侯橋まで」
広電物語【2】-(3) : [的場町駅] 「喫茶・マトバ」
広電物語【2】-(4) : [稲荷町駅] 「稲荷町のババァ」
広電物語【2】-(5) : [銀山町駅] 「銀山町からトボトボ歩いて」
広電物語【2】-(6) : [胡町駅] 「胡町のカメ」
広電物語【2】-(7) : [八丁堀駅] 「八丁堀で喧嘩上等」
広電物語【2】-(8) : [立町] 「秋深まる立町」
広電物語【2】-(9) : [紙屋町(東)] 「紙屋町師走協奏曲」
広電物語【2】-(10) : [本通り] 「新春初売り本通り」
広電物語【2】-(11) : [袋町] 「袋町におります」
広電物語【2】-(12) : [中電前] 「中電前からお花見に」
広電物語【2】-(13) : [市役所前] 「はじめまして!」

 

 広電物語【1】 広島駅~広島港(宇品) 皆実線 「広島駅から広電に乗って」他

 

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広島の作り話 : 広電物語【1】 広島駅~広島港(宇品) 皆実線

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広島市内を走る路面電車。通称「広電」。
ここではその「広電」の駅にちなんだショートストーリーを公開しています。
全て作り話の”つもり”ですが、広電に乗ればそんな風景も・・・
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■広電路線図■

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広島の街Top Page :「広島の街マップ」


広電物語1 : [広島駅] 「広島駅から広電に乗って」
広電物語2 : [猿侯橋町] 「嗚呼たそがれの猿侯橋」
広電物語3 : [的場町] 「モトノモクアミ」
広電物語4 : [段原一丁目 「段原一丁目ワンルーム」
広電物語5 : [比治山下] 「遠い遠い比治山へ」
広電物語6 : [比治山橋] 「交響曲『比治山橋』」
広電物語7 : [南区役所前] 「南区役所訪問」
広電物語8 : [皆実町二丁目] 「お隣さんはどんな人?」
広電物語9 : [皆実町六丁目] 「皆実町六丁目で乗り換えて」
広電物語10 : [広大付属学校前] 「広大付属中学入試まで四ヵ月」
広電物語11 : [県病院前] 「病院は好かんのよ」
広電物語12 : [宇品二丁目] 「お隣さんはお嫁さん」
広電物語13 : [宇品三丁目] 「宇品三丁目のスーパーサブ」
広電物語14 : [宇品四丁目] 「ここんところ寒すぎじゃね?」
広電物語15 : [宇品五丁目] 「宇品五丁目に春が来た」
広電物語16 : [海岸通] 「手紙」

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広電物語【2】 広島駅~広島港(宇品) 宇品線 「広島駅に降り立って」他

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広電物語 : 手紙

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■広電路線図■

Rosenzu

 

広電物語 : 「手紙」


ゴトゴトと広電に揺られながら手紙を握り締める。
今日はどうしても賭け事がしたくなった。
いつもは競馬以外の賭け事に興味を示さないモトヒロも、朝届いた一通の手紙を見た途端、居ても経ってもいられなくなった。
見た途端、と言っても、別に封を開いたわけじゃない。
差出人の欄を見て、だ。

手紙の差出人は、ヒロエモンになっていた。
ヒロエモンはモトヒロの父親、つまり広島家の家長だった人だ。
筆跡は明らかに母親、つまりヒロエのものだった。
ヒロエモンは既に五年前に亡くなっているし、ヒロエは二年前に亡くなっている。
消印は最近だったから、恐らく親族の誰かがこの手紙をずっと保持しており、ヒロエモンの遺言どおり、つまり今年の夏に開かれる十年に一度の広島家総集会に向けて投函したものに違いなかった。
封書の頭には、ご丁寧に『総集会招待状』と書かれている。
恐らく配達した郵便局員も何事か、とたまげたことだろう。

広電は御幸橋を右手にゴトゴトと進む。
いつも通りのゆったりとしたその音とアナウンスがモトヒロの騒ぎ立つ気持ちをわずかに和らげる。
窓の外にはすっかり春めいた日差しが指しており、時折車内からも桜の木が目に入った。
街全体が、ソワソワソワソワ。
何かが起こるような、これから何かが始まるような、そんな予感に包まれている。

モトヒロはそんな街の空気を疎ましくさえ思う。
嗚呼、また総集会が近づいてきたのか・・・
胃の底がキリキリと痛む。
電車はゴトゴトと進む。
右手には、手紙、左手には、競輪新聞。

実のところ、モトヒロはヒロエモンの長男、すなわち現広島家の家長だ。
しかしながら家を出た後、モトヒロはロクな人生を歩んでいない。
せっかく勤めだした会社を喧嘩でやめ、タクシー運転手は飲酒でパァ。
その後もある会社社長の腰巾着のようなことをやっては流川に通い詰め、妻にはとっくに愛想をつかれている。
一人娘が嫁に出て以来は、競馬ぐらいしか味方もいない。
弟のヒロタが果物屋に養子に入り、地道にコツコツとやってきたのは恐らく自分の反面教師だろう。
当然、親父や親族に合わせる顔もなく、総集会は苦痛以外のナニモノでもなかった。

ただ、今回は少し違うような気もする。
ヒロエモンもヒロエも既にいない、ということは自分が出席しなくても怒鳴り散らす人もいない、ということだ。
また逆に、集会に出ても、ポーンと現金を遣してくれる人もいなくなった。
出る必要がない、というかそもそも家長たる自分がこんなんでは開催もされないだろうと思っていた。
ところがこの手紙だ。
誰だか知らんが、親父か母が総会の開催を託したのだ。
親父は死ぬ間際、ヒロエに「葬式はどっち向いてもかまわんから、総集会は予定通り開催してくれ。例のものは既に用意されている。それを見つけたやつに、ワシの全部をやってくれ」と言った。
恐らくヒロエだけが知っていた何かだったのだろうが、ワシら親族は騒然とした。
「い、遺産に違いない・・・」

Hiroden

段々と海岸通の電停が近づいてくる。
どうもこのあたりの風景は変わってしまった。
広島家は瀬戸内海に浮かぶ小島にあったから、このあたりは子供のころよくヒロエに連れて来てもらっていた。
宇品から広電に乗って、市内あたりに出て用を済ませ、鷹野橋や御幸橋あたりで買い物を済ませて、また宇品に帰ってきたもんだ。
海岸通なんて電停はなかったような気がする。
弟と違って勝気だった自分は、朝は我行かんという心境で街に出てからのことしか考えていなかったし、帰りは帰りで疲れて宇品で起こされるまでグッタリと寝ていたもんだ。
十五で家を出てからも、現在六十一歳に至るまで滅多に実家には戻らなかったから、余計に記憶がない。
それでもこのあたりが全く昔の面影を残していないことはわかった。
ゴトゴト響くこの音だけが、変わっていない。

兄弟達は、叔父や姪たちは元気しているのだろうか。
娘とはしばしば顔を合わせるが、それ以外がどうなっているかはわからなかった。
まぁ葬儀の連絡が着てない、ということは皆生きてはいるんだろうが・・・

総集会は島で開かれる。
そういえば、あの家には誰か住んでいるのだろうか?
ヒロエが亡くなってから一度も尋ねていない。
全く家長失格だ。
愛想着かされるのも、わかるよ。

いよいよ車内アナウンスが、海岸通に着くことを告げる。
競輪場は数年ぶりだ。
窓に顔を近づけて思う、こんなに街が変わっていて、行き方はわかるんじゃろか?

百五十円を払って、ゆっくりと電車を降りる。
春の日差しは思いの他強く、クラクラしてくる。
二つ先は、宇品の終点だ。
総集会が開かれるとしたらそれは六月。
しょーがない、行くか。
招待状が着たら、出走するしかないじゃろ。
一応、『元』本命なんじゃから。

自分を降ろした広電が相変わらずゴトゴト音を立ててゆっくりと走り去っていく。
横目でそれを見ながら、モトヒロは競輪場に向かう。
こうやって自分は道から逸れたのだ。
分かっている。金を払ってまで降りたのは、自分。
まぁえぇじゃないか。
なぁ、親父。
モトヒロは目を細めて宇品の方を見た。
遠くで海がキラキラ光っているのがわずかに見えた。

 

(この物語はフィクションです)

 

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▼広島電鉄(私鉄の車両3)▼

Hiroden2

投稿情報: 22:02 カテゴリー: 広島の作り話 | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)

広電物語 : 宇品五丁目に春が来た

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広島市内を走る路面電車。通称「広電」。
ここではその「広電」の駅にちなんだショートストーリーを公開しています。
全て作り話の”つもり”ですが、広電に乗ればそんな風景も・・・
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■広電路線図■

Rosenzu

 

広電物語 : 「宇品五丁目に春が来た」


「ヒロちゃん、宇品五丁目ってどこよ?」
こいつはそれしか言うことがないのかよ。

契約更新のタイミングで皆実町二丁目のアパートを出て、おれは宇品五丁目に引っ越してきた。
それ以来というもの、何だか知らないがヤケに運気が上がってびっくりするぐらいだ。
宇品五丁目は広電の駅の周辺はびっくりするくらい路地の多い普通の住宅地だが、少し外側に行くと皆実町二丁目のショッピングモールに負けず劣らずのディスカウントショップやホームセンターが立ち並ぶエリアだ。
おれはまったくショッピングセンターに縁のない生活をしてるのだが、人によってはすごく便利なんだろう。

引っ越してからしばらくして、気がついたのだが、このエリアはやたらと若くて綺麗な人が多い。
そんなに一人暮らし用のマンションなんかがあるわけじゃないのに、不思議だ。
残念ながら「お隣さん」は例によって老人夫婦。
おれの運が悪いわけじゃない。
二十代後半の男が一人で住む部屋と老人夫婦が住む部屋がきっと似てるからなんだろう。
共通点はよくわからない。
部屋のタイプは向こうの方がちょっと広いみたいだ。

引っ越してきてから2回目の週末、家に足りないものを買いにホームセンターにふらふらと行くことにした。
小春日和もまだ肌寒い風が時折吹いてくる陽気だったが、三月も後半に入ってくると、すっかり世の中は春めいてくる。
こっちは風を警戒してまだシャカシャカしたタイプのジャージ上下だが、競うようにして世の男女は薄着をしたがる。
「ほら、春っぽいでしょ?」とか「春っぽいね」とか言いたいだけなのだ。
風邪でも引け、ばーか。
ゴトゴトと通り過ぎる広電を横目にホームセンターに歩いていく。
新しい車両なのだろうか、まだちょっとだけ寒そうに春の日差しを浴びてのんびり進んでいく。
昔に比べて音がなくなったせいだろうか、なんだか車体はスッキリしたのに、動きはのんびりになったような気がする。
途中、自動販売機で缶コーヒーでも買うか、と立ち止まったとき、ふと後ろを歩いていた人がぶつかりそうになって「キャっ」と小さく声を出した。
「ん?」と振り返る。
鼻血が吹き出るかと思うぐらいびっくりした。

「あれー?!ヒロちゃんじゃん!」
「おぉ、アカネじゃねーかよ、久しぶりだなぁ」
「大学以来だよね。びっくりしたぁ」
「いやーこっちもびっくりしたよ。4年ぶりくらい?」
「そうだね。何してんのー?こんなところで」

言われてみて、自分の格好を見て恥ずかしくなる。
アカネはすっかり春めいた色のインナーにベージュのスッキリした薄手のコートを着ていた。
大学時代は少しもっさりした感じの格好だった彼女は、少し痩せたせいもあるのか、驚くほど綺麗に見えた。

「いやー、めちゃくちゃご近所に買い物って感じじゃろ?」
と言って笑うと、アカネも4年前と変わらない感じで笑った。
アカネは当時からかわいかったと思う。
おれはほとんどの授業が一緒だったこともあって、学食で二人で一緒に昼飯を食ったりもしていた。
もっさりした格好と、あまり積極的ではない性格だったから、どちらかと言うと影の薄い方だったし、モテる、という感じではなかったが、笑顔はかわいいと評判だった。
もう少しどうにかなればなぁ、というのが当時のおれ達の共通見解だったが、『もう少しどうにかなった』アカネがそこにはいた。

Hiroden


「このあたりに住んどるん?」
「あぁ、すぐそこのパシフィックビュー宇品五丁目ってマンションよ。引っ越してきたばっかりで、それでホームセンターにね」
「えぇ、そうなんじゃ!私たぶん隣のマンションよ。レスパス宇品」
「?!マジで?お隣さんじゃん!」

そんなこんなでおれ達はお互いの電話番号が学生時代と変わっていないことを確認して別れた。
捨てる神あれば拾う神あり。いなくなったお隣さんあれば、やってくるお隣さんあり、かぁ。
じぶんがやってきたくせにそんなことを考えながらおれがニヤニヤして足取り軽くホームセンターでの買い物を済ませたことは言うまでもない。
帰り道に見た広電は、幾分速度を速めて快調に市内に向かっているように見えた。

次の週末、おれは会社の花見があったから土曜日の昼はノコノコと比治山に出かけた。
相変わらずバカな社員の集まった低レベルなイベントで、おれは例年のごとく一番の主役を演じた。
おれの一人三役芸のよる三角関係物語は、この手のイベントでは欠かすことの出来ない出し物だ。
比治山から見る市内の風景はあまり変わっていないような気がする。
盛り上がった花見会場を少し離れて、青葉をつけ始めた木々の間から徐々に日の傾いてきた市内を眺める。
遠くで広電のゴトゴト、という音が聞こえる。
今夜は実家にでも行ってみるかなぁ。
売れ残った果物を目当てに、おれは猿侯橋の実家に行くことにした。
広電に乗れば、今の家より近い。
宴会も終わって、青いビニールシートを今年は後輩に押し付けて比治山の坂を下りる。

「あれ、ヒロさん、宇品五丁目に引っ越したんでしたっけ?」
家が遠くなったから、という理由で押し付けたおれに、広電を乗り継いで40分ほどかかるところに家がある後輩が厭味を言う。
宇品五丁目でも20分くらいだ。
「ヒロちゃん、宇品五丁目ってどこよ?」
同僚がもう何回聞いたか分からない減らず口を叩きながら酒臭い吐息を振りまいてくる。
この人は既に人妻だが、もう少しどころじゃない。もう大分どうにかならないと、どうにもならない感じだ。

ポケットの中で携帯電話がなる。
アカネだった。
先週会って以来、二、三回メールのやり取りはしたが、電話は初めてだ。
「おう、どうした?」
「おう、ディスカウントスーパーに今来てるんだけど、キャベツがひと玉でしか売ってなくてさ。半分要らないかな、と思って」
「・・・」
しばし絶句。そのあとでおれは腹を抱えて笑った。
そうか、お隣さんができる、ってのはそういうことか。

「おう、要る要る。ついでにさ、ホームプレートでお好み焼き作ろうぜ。今夜暇?」
「あーっ!いいねー!ヒロちゃんホームプレートある?」
「あるある。いま街におるんじゃけど、30分くらいで帰るけぇ、マンションの一階に来てよ」
「わかったぁ。じゃあ他の材料も買っていくね」
「おうおう、よろしくー!」

おれは弟に「スマン、今日はムリ」とだけメールを送ると、うるさい後輩と同僚を突き飛ばして広電に飛び乗った。
宇品五丁目にも春が来たのだ。

 

(この物語はフィクションです)

 

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投稿情報: 15:02 カテゴリー: 広島の作り話 | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)

広電物語 : ここんところ寒すぎじゃね?

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広島市内を走る路面電車。通称「広電」。
ここではその「広電」の駅にちなんだショートストーリーを公開しています。
全て作り話の”つもり”ですが、広電に乗ればそんな風景も・・・
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■広電路線図■

Rosenzu

 

広電物語 : 「ここんところ寒すぎじゃね?」


「おかぁん、ここに置いとったケータイしらん?」
「知らんわいね。えーけぇ、行くよ、さっさと支度しんさいや」
「だってケータイがないんじゃもん」
「あーもぉ、近頃の中学生ってのはみんなこーなんかねぇ!」
「はぃはぃ。そーよーに怒らんのよ。あ、あった」
「あったんならはよーしんさいや、ヒロカ!おじいちゃんまっとるんじゃけぇ!」
「今度は充電器がないんよー。ねぇ、知らん?」

扉から娘がヒョっと首を出す。
急ぐ気などサラサラありません、という顔だ。
イライラする。娘のヒロカは中学二年生だ。
一昔前なら髪を染めてみたり、お洒落に目覚めたり、ちょっと危ないことをしてみたり、恋愛したり、そんな年だったハズだ。
多少グレてくれた方がまだわかりやすい。
最近の子は悪いことをしてる様子がない。
様子がないってことは悪いことをしていないわけじゃなくて、悪いと思ってないし、それが外に見えないってことだ。
携帯電話やインターネットのせいだとみんなは言う。
でもきっとそれだけじゃない。
別に携帯にできて手紙と公衆電話にできないことなんてあんまりないし、インターネットにできて本とテレビにできないことなんてあまりない。
みんな新しいもののせいにしたいだけだ。
悪いことを悪いと伝えなきゃダメだ、ってどっかのテレビコマーシャルでやっていた。
わかるよ、言ってることはわかるよ。

「うーん、おかぁんの貸してーや」
「えぇよ、もう貸すけぇ、なんでもえーけぇ、はよー行くよ」
「わかったよぉ。もう。そんな急いでどうするんね。別に危篤とかでもないんじゃろ?」

入院中のじぃさん、正確に言うと旦那の父親はピンピンしている。
えーっと、どこが悪かったんでしたっけ?と思わず聞きたくなるくらい、旦那の差し入れているコップ酒を今日も美味そうに飲んでいる。
看護婦に見つかりそうになると、今日は寒いのぉ、なんて言いながら鼻のあたりまで布団を被る。
本人は匂いと顔が赤くなっているのがわからないようにしているつもりなんだろうが、日本酒の匂いなんて部屋に入った瞬間から漂っている。
こいつが見舞いにきとるクセに飲むんじゃぁ、と旦那のこと指差す。
すいませんね、うちのオヤジが、なにぶん酒屋ですけぇ、なんて言ってる旦那も、コップを後ろ手に隠している。
まったく、昔の人間は悪さがわかりやすい。

「うわぁー、ここんところ寒すぎじゃね?」
「あんたがそんなひらひらのスカート履いとるけぇよ!はよー車に乗りんさい!」
「うぅぅ、寒い」

Hiroden



トロトロと娘は助手席のドアを開いて、ヨイショとかなんとか言いながらモタモタとクッションをはたいている。
先に座ってるこっちの方が寒い。
ヒロカは目立ってトロいわけじゃない。別に座る前にクッションをはたいてるんだから、悪いことをしているわけでもない。
しかし、いちいちイライラする。
年の差か、と思って我慢することの方が圧倒的に多い。
ただ、最近、旦那が似たような人間であることにふと気がついた。
誰々が待っているとか、こんなものが欲しいんじゃないか、とかこんなことをしたら怒られるんじゃないか、とか、いちいち他人のことを気にする人間には、きっと生きにくい世の中になった、ということなんだろう。
悪いことをしてる様子がないってのは、きっと「怒られるかもしれない」という恐怖感や不安感がないってことだ。
事実、病院で日本酒飲んだって、車に乗る前にクッションをパタパタやったって犯罪ではないわけだし。別にかまわんよ、かまわん。でも他人の気持ちってものがあるじゃろぅ

ヨイショっとか言ってやっと扉を閉めたヒロカを睨みつける。
「あんたねぇ、ちぃーたぁ人が寒いとかなんとか考えんのね?」
「いやぁ寒いねぇ。なんか前に住んどった家より寒いと思わん?」
「外が寒いかどうかの話をしとるんじゃないんよね!」
「やっぱり海に近いと寒いんかねぇ」
わざとなのかどうなのか、はぁっと手に息をふりかけた娘はスカートを今度はぱたぱたやりながら曇ったサイドウィンドウ越しに外を眺めた。
こっちははぁぁぁっと溜め息をハンドルにふりかけて車を発進させる。
すぐに走ったところで、広電の走る道を左折する。
引越しをするってなったときに、旦那は広電の駅の近くという条件だけは譲らなかった。
なんでだか知らないが、ヒロカのことを思って、だったらしい。
今となってはヒロカは学校には自転車で行っているし、旦那は酒屋に広電で行っている。
親子だなぁ、と見てると思う。入院中のお義父さんも含め。自分だけ、血がつながってないのを実感する。
年頃の娘は隣で携帯をプチプチやっている。

「彼氏でもできたんねー?」
「あん?めずらしいじゃんか、おかぁんがそんなこと聞くなんて。ヒロミちゃんよ、ヒロミちゃん」
「あぁ音大の?」
「そっそ。なんか比治山がうんたらって曲で全国四位になったんだって」
「えーっ、すごいねぇ!」
「いや、大学が、よ。ヒロミちゃんは端っこの方で笛吹いとっただけらしいけど」
「あんたもなんかしんさいや!最近部活もロクに出ちゃおらんのんじゃろーが」
「はっはっは。この親にしてこの子ありですよ。あかぁんもなーんもできんじゃんか」

ふてぶてしい娘はまたサイドウィンドウ越しに併走する広電を眺めている。
確かに、ヒロカは昔から広電が大好きだった。
前の家は近くに走っていなかったから、たまに市内に出て広電を見つけると、乗りたいと言ってきかなかった。

「あんたも広電に乗りたい乗りたいって駄々こねたかわいい時期もあったよねー」
「駄々こねん今のほうがかわいいじゃろ?わがまま言わんこんなえぇ子はおらんよ」

そういう見方もあるのか。

「外は寒いんだろうなぁ」

ヒロカが窓を開ける。
わかっとるんじゃったら開けるなやぁ!寒いよぉ。
広電の走る音を聞きながら目の端を緩める娘の表情は、昔とちっとも変わっていなかった。

 

(この物語はフィクションです)

 

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投稿情報: 15:55 カテゴリー: 広島の作り話 | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)

広電物語 : 宇品三丁目のスーパーサブ

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広島市内を走る路面電車。通称「広電」。
ここではその「広電」の駅にちなんだショートストーリーを公開しています。
全て作り話の”つもり”ですが、広電に乗ればそんな風景も・・・
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■広電路線図■

Rosenzu

 

広電物語 : 「宇品三丁目のスーパーサブ」


「アキヒロ、ちゃんと携帯の充電器も持ったの?」
「持ったよ、うっせーな。じゃあ行ってくるからな」
「がんばるのよ。お母さんも応援に行くからね!」
「来なくていーよ。ミサキ来るし。お前はハルヒロでも探してろって」
「ハルヒロのことはいいの!お母さんがどうにかするから!怪我には気をつけるんだよ」
「うっせーな、サッカーやってんだから怪我くらいするだろ。じゃあな、行ってくるからな」
「がんばるんだよ」

あんたにはヒロトと同じ血が流れてんだから、と言おうとしてぐっと堪えた。
ベランダから息子の後を追う。
息子は宇品三丁目の電停に向かってスタスタと後ろも振り返らず行ってしまった。
まったく男の子ってのはそんなもんね。

息子のアキヒロは宇品三丁目から五駅ほど離れた場所にある高校に通っている。
いつもなら自転車で出かけていくのだが、今日は学校で一旦集合してそこからバスで移動だ。
予定では一ヶ月ほど帰ってこない。
いや、予定じゃないな、希望では、だ。

毎年一月はサッカーをやっている高校生にとって特別な月だ。
全国高校サッカー選手権の全国大会があるから。
息子がそこに出ることになるまでは知りもしなかった。
ただただグレもせず日に焼けて帰ってくる息子を見て安心し、膝から血を流しながら帰ってくる息子を見て不安に思った。
ある日アキヒロが、「おい、おれ今日勝ったら正月は墓参り、行けないから」と言い出した。
「何言ってるの!」と怒鳴ったら、一ヶ月ぶりに家に帰ってきた旦那が三ヶ月ぶりに口を聞いた。
「おい。アキヒロは全国大会に出るんじゃ。行かせてやれや」
さすが長距離トラック運転手、迫力が違う。
声に詰まった。
自慢じゃないがサッカーは全くわからない。
ロクに働かない、いや、働いてもロクに稼ぎを持って帰らない旦那のせいで、いつも土日もパートに出ているから母親会というのにも最初しか行ったことがない。
みんな頑張って炊き出しとかしてるのにアキヒロ君のお母さんは、なんて言われてるに決まってる。

説明をしないアキヒロに変わって他の家の母親が説明をしてくれた。
どうやらアキヒロは高校サッカーの全国大会のために東京に行くらしい。
それはすごいことなんだそうだ。
アキヒロは「スーパーサブ」っていう八百屋みたいな名前のポジションらしい。
そこで活躍すればプロのスカウトの目にも留まるかもよ、とそのお母さんは言っていた。

どうせ旦那だって大して分かっていないんだ。
よくわからないが、「全国大会」という響きが誇らしげなだけだ。
トラック仲間で応援に行くから、と言っていたがアキヒロがそれとなく断っていた。
飲み屋のオネーチャンと運転手がゾロゾロと行くような場所ではないと思う。
ミサキとかいう彼女が来る前で、これが父親だよ、なんて紹介できるような風体で表れるとは思えないし。

幸いなことに私はパートも休めたし、その母親がアキヒロ君のお母さんも一緒に、と言ってくれた。
もっとも、何回話しても「アキヒロ君のお母さん」と彼女が言うのは、私の名前を知らない上に、母子家庭で苗字を呼ぶのははばかられる、という配慮からに違いなかった。

Hiroden



唯一の心配はハルヒロのことだ。
おばぁちゃん、つまり旦那の母が泣くってから半年、家を出たきり帰ってこない。
まだ高校一年生だ。
出てから二週間は心配で心配でならなかった。
二週間目くらいに電話が携帯からかかってきた。
「探すなよ。別に生きとるけぇ」
とだけハルヒロは言って電話を切った。
わんわん泣いた私に旦那が冷たく「うるせぇ」と言った。
「心配じゃないんねぇ!」とこの時ばかりはさすがに怒鳴った。
「おれが家を出たのは中学生じゃ。でもこうやって生きとる」
と旦那が凄んだ。

あんたみたいになるじゃないね!と言い返すことなんてとてもできない。
そのうち時間が経つにつれて、心配は相変わらず消えないものの、自分の中で消化もできた。
たまにハルヒロはアキヒロにメールなんかもしているようで。
「おれも大阪に行ってみたいのぉ」なんてアキヒロが言っている。
兄弟なんて、家族なんて色んな形があるんだ。

そんな時私はいつもマミとヒロトのことを思い出す。
私は父親と母親の間に生まれた初めての女の子であり、父親にとっては二人目の女の子だった。
マミは義理の姉だ。父親と飲み屋の娘との間にできた、所謂私生児だった。
飲み屋の娘が何かの容疑でパクられたときに、不憫に思った母親が引き取った。
父親に黙って、店まで引き取りに行ったのだそうだ。
当時我が家にはまだ一歳の私と二人の兄がいた。
つまり私には急に二つ年上の姉が出現したことになる。
父親はなんとなく後ろめたそうな素振りを見せてはいたような気がするが、母親は貰い子としてマミを普通に育てていたような気がする。
「普通に」というのは他の兄弟と同列に、という意味ではない。
時代背景的に、広島には親のいない子が当時はそこかしこにいた。
彼らの多くは親族によって引き取られ、育てられていたが、その子たちと同じようには、という意味だ。
ただ、うちは経済的には恵まれていたので食べ物が十分にあった分、むしろ幸福な生活だったかもしれない。
ところがマミは十六歳のときに妊娠して家を出てしまった。
携帯電話もなかった時代、私達の「半分のつながり」は忽然と消えて無くなってしまった。
マミの子がヒロトだと言うことを知ったのは、それから随分経ってからだ。

すっかり大きくなったヒロトは有名なサッカー選手になっていた。
これまた全然詳しくないのでわからないが、日本代表のエースだ、とアキヒロが言っていた。
アキヒロはヒロトが親族であることを知らない。
私だって、テレビでそれを見ただけだ。
ヒロトの特集をやっていてドキュメンタリーで。
興味もなくチャンネルを弄くっていたところに、マミそっくりの男の子が急に画面に出てきたのでびっくりした。
それは幼い頃のヒロトの写真だった。
私にはすぐにわかった。
ヒロトは決して自分の素性を話さなかった。
どこまで彼が知っているのかも、わからない。
私はその事実をグッと胸の奥に飲み込んだ。
誰にも喋ったことはない。

ベランダに数分もいると、年が明けて間もない冬の朝の冷気が身体を強ばらせる。
それでも私はアキヒロが忘れ物を取りに来るような気がして、ハルヒロが帰ってくるような気がしてなかなか部屋に戻ることができない。
旦那も正月から戻ってこないが、まぁそれはどうでもいい。
アキヒロにだって、ハルヒロにだって、日本代表のエースと同じ血が流れているんだ。
エースとスーパーサブでは、なんかすごい違いがある気がする。
いや、待てよ。私にだって同じ血が流れているはずなんだが。

さすがに風邪を引きそうだったので急いで部屋に戻って、ストーブのまで手足の感覚をゆっくりと元に戻していく。
なぜか私は、アキヒロの試合を、ハルヒロも観に来るような気がした。

 

(この物語はフィクションです)

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Hiroden2

投稿情報: 22:07 カテゴリー: 広島の作り話 | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)

広電物語 : お隣さんはお嫁さん

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Rosenzu

 

広電物語 : 「お隣さんはお嫁さん」


とうとう十二月が来てしまったか・・
結婚してから、十二月がこんな嫌いになるなんて思わなかった。
嫁になったばっかりのリョウコは十二月が誕生日。
誕生日にクリスマス。結婚する前は、プレゼントをいっぱいあげられる月、だったのが、結婚した途端、出費がかさむ月、に変わってしまった。

ぼくは今年の夏に結婚した。
嫁は三つ年下だ。自慢じゃないが、美人。
システムエンジニアなんて日陰の商売を、しかも顕微鏡でも見えないほど小さな会社で営んでるヒロヤスにとっては奇跡とも言える出会いだった。
嫁はずっとブログをやっていて、出会いはそこに書いたコメントがきっかけだった。
やがて家が近かったこともあって、ひょんなことから直接会ったりするようになり、やがて、リョウコは四駅ほど離れた皆実町二丁目から、この宇品二丁目のぼくの家に引っ越してきた。

出会って四回目の十二月。
結婚して初めての十二月。
悪いとは思いながらも、これまでの三回とはまるでモチベーションが違う。
なんてったって、財布は一つだ。
そして我が家は小遣い制だ。
ぼくは極めて薄給だ。
お歳暮をバカげた制度だと言う資格は嫁にはない。

恐る恐る妻に「今年は何が欲しい?」と尋ねてみる。

「ヒロヤス君、昔はそんなこと聞かなかったのにぃ。リョウコが何を欲しいか考えてくれてたのにぃ」

暢気なもんだ。
誕生日にゴルフセットが欲しいと言った時にゴルフゲームをくれた嫁にそんなセリフを言う資格はない。

しかしそれでも美人は許される。
美人は許される、というオーラが知らず知らずの内に出ており、こっちも知らず知らずの間にそれに従うクセがついている。
情けない。が、仕方ない。

「あ、リョウコねぇ、とりあえず誕生日は新しいパソコンが欲しい」

ヘイ、ガール、月三万の小遣いでどうやったらパソコンが手に入るんだい?
なーんて言えるはずもなく、会社のお古のパソコンをどうやったら新しいパソコンにできるか考えてみる。
ムリに決まっているだろう?

携帯が鳴る。
お。従兄弟のヒロミチからか。
「おう、元気か?」
「元気じゃねーよ、彼女がクリスマスに指輪が欲しいって言い出してさ。金貸してくんない?」

「・・・」

「知らん」とだけ告げて電話を切る。

世の中の人はシステムエンジニアという職種を勘違いしている。
流行のIT系?なんでも作れる魔術師?
チャンチャラおかしい。
薄給が三十年間続くだけの派遣業界だ。
この広島の会社に数千万のシステムを作ろうかって会社があると思うか?

「あとねぇ、新しいデジカメも欲しいなぁ」
と言っている嫁を無視して冷蔵庫をあける。
冷蔵庫には第三のビールが四缶。
うぅぅぅ、ひもじぃよぉ。

Hiroden


ぼくは広島でも人里離れた瀬戸内海の小島の出身だ。
ド田舎に生まれて、大した学校も出てない。
たまたま三流大学時代にやっていたプログラミング言語が世の中で主流になったおかげでどうにかこうにか仕事にありつくことができた。
たった八人の会社だったが、さらに二人辞めて今は六人。

それでも働き出して十年。
それなりにぼくはがんばってると思う。
不満は言い出したらキリがない。
家だってもっと広いところに住みたい。
毎日広電に乗らず、車で会社まで行きたい。
たまにはプレミアムビールが飲みたい。
でも、リョウコがいるから今の生活でもいいかぁ、と思う。
自分でもバカだと思うが、仕方ない。
リョウコもなんだかんだワガママは言うが、不思議と不満は言わない。

先日、同窓会があった。
出世コースを歩むヤツ、パート、落ちこぼれそうで必死のヤツ、玉の輿に乗ったヤツ、この年になるとさすがにジンセイイロイロだ。
昔付き合っていた人もそこにはいた。三年間くらい付き合った挙句、実は遠戚だったことがわかり、なんだか急にお互い醒めて別れたっけ、そんなことを言って笑った。
昔、ヒロヤス君のことが好きじゃったんよ、と笑った人は玉の輿に乗っかっていた。
ぼくが以前外注してもらっていた会社に勤めている人は、それがわかった途端、ヤケに鼻につく喋り方に変わった。

みんな、それぞれ昔とは変わっていた。

でもどんな話も笑って終わらせられるのは、きっとリョウコがいるからなんだろうな、と寒さが身を切る帰り道思った。
コンビニでアイスクリームを買って帰ってやった。
なんでもっといいやつじゃないんねぇ、と言いながらリョウコはぼくの分まで食べた。
ぼくは入れてもらったお茶をすすりながらそれを見ていた。

「一口食べる?」って昔なら聞いてくれていたかもしれない。
「これ捨てといて」って十年後は言われるのかもしれない。
でもぼくが捨てられてなきゃいいや。

もう一回ヒロミチから着信がある。
今度はなんだよ?
躊躇したが、仕方なく出る。

「おう、金なら貸さねぇぞ」
「ちげーよ、ヒロヤス兄ちゃん、手紙、来た?」
「あぁ、来た来た」
「行く?」
「行くしかねーだろ」
「美人の、奥さんも?」

リョウコのほうをチラッと見る。
先日はなした時は「雨が降ってなかったらねー」なんて言ってたっけな。

「わかんねーな。来年のことだろ?まだ半年もあんのにわかんねーよ」
「そっか、そうだよな。まぁまた近づいたら連絡するよ」
「おう。で、お金はいいのか?」

自分でもアホだがつい気になって聞いてしまう。
今度はリョウコがこちらをチラッと見る。
オーマイゴッド。

「あぁ、どうにかするよ」
「そっか。がんばれよ」
「おう、ヒロヤス兄ちゃんも」

電話を切る。

「お茶、飲む?」

パソコンから離れてリョウコがこっちに来る。
出会って四回目の十二月。

「うん、飲む」

結局貯金崩してなんでも買っちゃうんだろうなぁ、ぼく。

 

 

(この物語はフィクションです)

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Hiroden2

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