******************************************************************* |
広島市内を走る路面電車。通称「広電」。 |
ここではその「広電」の駅にちなんだショートストーリーを公開しています。 |
全て作り話の”つもり”ですが、広電に乗ればそんな風景も・・・ |
******************************************************************* |
広電物語 : 「交響曲『比治山橋』」
比治山橋の電停で降りて、家とは反対方向、橋を渡ってその先のパン屋に行く。
市内でも有名なパン屋だそうだが、生まれてから30年数年、ずっとここのパンを食べてきたので、特別美味しいとは思わない。
もっとも、30数年食べてもまだ買いに行っている、ということはやっぱり美味しいのだろうか。
広島は来週梅雨入りするそうだ。
気分がゲンナリするね。
ナツヒロ勤め先は同じ広電皆実線沿線なので、ものすごく大変になる、というわけではない。
ただただ、気分が滅入るのだ。
そういえば小学校のときに「梅雨時期は元気がないです」って通信簿に書かれたっけか。
両親は情けない、などと言っていたが、おじちゃんだけは感性のするどいいい子じゃ、なんて言ってたっけか。
ま、そのおじちゃんは競馬が趣味の堕落者だそうですが。
お気に入りのパンを4つほどプレートにのせる。
中にアンコの入った揚げパン、中にクリームが入っていてチョコチップのかかったメロンパン、オーソドックスな蒸しパン、そしてミルクフランス。
今日の夕食と、明日の朝食分だ。
まてまて、甘いのばっかりじゃないか。
朝食はともかく、夕食分がない。
いや、まてよ、今日は実家に行くって言ったっけ。
実家は今のアパートから徒歩3分の場所なのだ。
結局、一旦取ったパンを戻すのも気が引けたので、タイムセールになっていたコロッケサンドを追加することにした。
から揚げも気になったが、それはグッとこらえた。
パート先のユニフォームが、ちょっとキツくなってきているのだ。
去年の11月に変えてもらったばっかりで、さすがに半年あまりでまたお願いするのは気が引ける。
別にそんなに太っているわけではないが、さすがに20代も後半になると食べただけ、身についていく。
人間がひねくれていくのに反比例して、身体はカロリーに正直になっていくものだ。
一度渡ってきた橋をまた戻る。
日が長くなったなぁ。7時なのにまだ明るいよ。
橋を渡り終え、専門学校の前を横切るところで、ふと、ポスターに目がいった。
それはコンサートの宣伝ポスターだった。
見たところ音楽系の専門学校ではない。
普通なら通り過ぎるところだろうが、曲目に興味をそそられた。
「交響曲『比治山橋』」
そうか。さっき渡った橋、そういえば比治山橋か。それでここにポスターが。
しかし、なんで?
曲を作った人も、なんでまた「比治山橋」なんて名前をつけたん?
音楽のことはさほど詳しくないけど、交響曲ってのは確か色んな曲についてたような気がする。
交響曲、という響きからは、なんとなく、モーツアルトとか、ベートーベンとか、そんなのが浮かんでくる。
一方、比治山橋、という響きからは、ママチャリを必死にこぐおばちゃんか坊主頭の中学生くらいしか浮かんでこない。
比治山ならともかく、橋までつけて、曲を作った人が比治山橋に思い入れでもあったのだろうか。
ふと振り返って、夕暮れにたたずむ橋を見る。
こうしてみると正面の西日を受けて橋が少しいつもとは違って見える。
でもいく並んでも、モーツアルト、ベートーベン、比治山橋、ってのはないんじゃない?
一応、日付を見てみると、6月14日と書いてあった。
来週の、土曜日か。場所は市内のコンサートホールね。
まぁ暇だったら行ってやりましょ。どうせ大した予定もないんだ。
なんとなく、アパートには行かず、実家に寄ることにした。
父親はまだ仕事から帰っていない。
台所で食事の支度をしている母親に「ただいまー」と言う。
鍋のフタを右手に持ったまま母親が振り返って、「あれ?あんた今日は来るんじゃったん?」と返してきた。
やはり今日は来ない日であったか、まぁいいや。
ご飯食べて帰れば、という母親の申し出を丁重に断り、尋ねてみる。
「比治山橋協奏曲って知っとる?」
すでに間違った曲名を母親がストレートに否定して答える。
「比治山橋交響曲じゃろ?それならこの前聴きにきて下さい、ゆーてパンフレットもって学生さんが来ちゃったよ」
小麦粉で白くなったパンフレットを見ると、「交響曲『比治山橋』」と書いてあった。
どうせ違いは二人ともわかっていない。
「なんで比治山橋って名前なん?」
「知らんよ。この辺の人が演奏するんじゃないんね」
ん、演奏する人の名前がつくのか?
パンフレットの小麦粉をパタパタ落とすと、エリザベト音大第二管弦楽団と書いてある。
違うじゃないか。
こいつに聞いてもダメだ。
「お父さんに会ってから帰りんさいや」
そういう母親の申し出を、今度はぞんざいに断って玄関を出る。
ようやくあたりは暗くなっていた。
なんで比治山橋なんじゃろ。
(この物語はフィクションです)
コメント
コメントフィードを購読すればディスカッションを追いかけることができます。