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広島市内を走る路面電車。通称「広電」。 |
ここではその「広電」の駅にちなんだショートストーリーを公開しています。 |
全て作り話の”つもり”ですが、広電に乗ればそんな風景も・・・ |
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広電物語 : 「段原一丁目ワンルーム」
広島駅から徒歩十分のワンルームマンション。
広電段原一丁目からなら徒歩1分。
快適なシティーライフをお約束します。
おいおい、これをシティーライフとは言わんじゃろ。
段原一丁目の広電電停を越えてから、マンションまでの100メートル、ヒロミはいつも口を尖らせてつぶやく。
瀬戸内海にぽつんと浮かぶ小さな島から出てきて1ヶ月。
今日は何だか面白いことがおきそうだ。
この電停を降りてからそう思ったことなんて一度もない。
裏にはもう比治山がばばんとそびえ立ち、夜には街も薄暗くなる。
確かに広島駅からは3駅。
歩けばがんばって10分でつかないこともない。
段原地区の整備に伴い、少しだけ道路が綺麗になったそうだが、なんとなーく街は薄暗く、シティーライフとは程遠い雰囲気を醸している。
まず電停からして何だかパッとしない。
それでもヒロミが通う音楽大学からは自転車で10分ほど。
立地としては、まぁいい方なのだろう。
一階のエントランスの脇を抜けて自転車を止める。
手にはコンビニで買ったのり弁当。
揚げ物たっぷりだが、今日は金曜日だから、自分にご褒美だ。
4月から入学した音楽大学にはなかなか馴染めない。
生徒はやはり市内の娘が多く、自分のように小さな島からひょっこり出てきたような娘は、たぶんいないと思う。
自分の広島弁は、周りのそれより、ちょっとキツイのが自分でもわかる。
うち、とか最近の街っ娘はあんまり言わんのんじゃねぇ。
それでも自分がワンルームの暮らしにあっさり溶け込めたのは意外だった。
島では何人で住んでるの?ってほどのサイズの家に両親と、おばあちゃんと、弟と、5人で暮らしていた。
それが急に実家の一部屋サイズもないような家に引っ越してきたのだ。そして家には自分一人。
周りには友達も知り合いもほとんどいない。
最初は大丈夫だろうか、と思った。
案外、大丈夫。
市内にはちょくちょく出ていたこともあったが、やっぱり住んでみると全然違った。
宇品に船で来ていた頃には、交通手段は広電か、自分の足だった。
段原一丁目なんて、通ることもなかった。
自転車を持って、休みの日には市内に出てみる。
そこには自分の知らなかった風景がいっぱいあった。
中でも川沿いの風景は新鮮だった。
島には大きな川なんてなかった。
市内に出ても、川に目を落とすことなんて、なかった。
京橋川なんて、名前も知らなかった。
今は京橋川を渡らない日はない。
家族はみんなどうしてるかな、とふと思う夜がある。
歓迎会で飲んだ帰り、数少ない島時代の友人と会った帰り道、そんな時に。
父親は島をほとんど出たことがない。
島の小学校を出て、中学校を出て、高校には行かずに働いてきた。
ちょくちょく市内に飲みには行っていたようだが、暮らしたことはほとんどないそうだ。
市内には、美味しいお店もある、楽しい場所もある、おしゃれな飲み屋もある。
段原一丁目のような電停ですら、降りたらコンビニが目の前にある。
島には、そのどれもなかった。
スピーカーの電源を入れ、iPodを差し込む。
こっちに引っ越してくるときに買ってもらったものだ。
音楽大学なんじゃけぇ、これくらいいるじゃろ。と訳のわからないことをいって買ってもらった。
買ってくれた親は、そのどれも持っていない。
未だにおんぼろカーステレオのラジオが唯一の音源だ。
弟は自分が持っていたCDプレーヤーを使っている。
島では、全てが一つの流れの中でつながっていた。
朝起きる、顔を洗う、トーストをかじる、家の玄関をガラガラっと開ける、学校に行く、途中で商店のおばちゃんに挨拶をする、ハゲ教頭がバスから降りるのを見る・・・・
全部が一連の流れのようだった。
こっちに出てきてからは全てがぶつ切り。
ワンルームの中と、橋の上と、学校の中。
のり弁当を電子レンジで温める自分と、向かい風の中自転車をこぐ自分と、バイオリンを握る自分。
テレビの中のおじさんと、コンビニのちょっとかっこいいおにーちゃんと、神経質な先生。
不思議なもので、すぐに慣れた。
明日は広電に乗って、横川、というところまで行ってみることにした。
まだ、行ったことのない街だ。
学校で、知らんのんよ、と同じコースの娘に言うと、じゃあ一緒に行こう、と誘ってくれた。
ちょっぴり、楽しみだ。
夜はまたこのワンルーム。
既に見慣れた、段原一丁目ワンルーム。
明日は何だか面白いことがおきそうだ。
(この物語はフィクションです)
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