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広島市内を走る路面電車。通称「広電」。 |
ここではその「広電」の駅にちなんだショートストーリーを公開しています。 |
全て作り話の”つもり”ですが、広電に乗ればそんな風景も・・・ |
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広電物語【2】-(12) : 「中電前からお花見に」
三月も終わりに差し掛かったある土曜日、オレは少しだけ早起きをして、慣れないオニギリを作った。
水曜日の事だ。クサツさんが突然、「なぁ、若手だけで花見でもしようや」と言った。
週末の天気は晴れの予報で、その日はちょっぴり春めいた、陽気な気候の日だった。
ヤマネさんが「まぁえぇよ」と言い、渋ったカエデさんは、オレが昼飯を奢って、どうにか来てくれることになった。クサツさんの魂胆がどの辺りにあるのか、分かるようで分からなかったが、ともあれ、若手とは到底言いがたい三十路メンバー+オレ、で、花見に行く事になったのだ。
オニギリを支度し終え、窓を開けてみる。
うぅぅ、寒い。
どんよりと曇った空からは、冬を思い出したような風が吹き込んできた。
おぃおぃ、本当に花見なんてすんのかよ。
半信半疑でシャワーを浴びて、適当に支度をする。そういえば私服で会社の人に会うなんてことはこの一年無かったので、オレはしばし迷ったが、面倒だったので、ジーパンに薄手のニットを着て、アーミーコートを羽織ってみた。
ジーパンがボロイせいか、アーミーコートに皺が寄りすぎているせいか、花見、と言うよりはハローワークにでも出かけそうな格好になったが、タンスを見渡した後、観念してそのまま家を出た。
家の前の電停にちょうどやってきた広電に乗る。
待ち合わせの平和大通まで、本来なら三駅なので歩いて歩けない事は無いのだが、如何せん、寒い。ちょっと早く着いてしまうが、手に持ったオニギリもそれなりに重たかったし、まぁ、いいだろう。それにしても野郎の作ったオニギリを寒空の下で野郎が食う、ってのは、何とも言えずシュールだな。と想像して一人ニヤニヤしていると、「オッス」とクサツさんに声をかけられた。
「あぁ、どうも、おはようございます」
時刻は十二時ちょっと前だ。おはようございます、にはギリギリだったが。
「おはよ。寒いのぉ。天気予報はどうなっとるんじゃ」
「あはは。桜なんて咲いてなさそうですね」と言うと、クサツさんは渋い顔をした。果たしてムカデは来るんだろうか、とでも思案しているのだろう。実にもっともな懸念ではある。
「オマエ、この辺に住んどったっけ?」
「はい。さっきの電停の前のマンションです。クサツさん、宇品でしたっけ」
「そうよ。倒産した不動産屋のマンションじゃけぇ」
「・・・・・・」
電車がゆっくりと中電前に着き、プシューと扉が開く。
冷たい風が吹く電停にオレ達を下ろして、電車はそさくさと平和大通を渡っていった。
待ち合わせの場所までトボトボと歩いていく。始まる前から盛り上がりそうに無い花見にオレは苦笑した。
クサツさんの持っていた重そうなビールを引き継ぎながら、「そういえば、クサツさんは何作ってきたんスか?」と聞いた。
「ん?サンドウィッチよ」
「え?ヤマネさん、ヤキソバ作ってくるって言ってましたよ」
「え?そうなん?」
「はい。見事に全部全部炭水化物ですね・・・」
十分ほど早く待ち合わせ場所に着いてみると、ヤマネさんは周囲を大量のハトに囲まれていた。
どうやら情けでパンの切れ端をやったところ、恩を仇で返されたらしかった。オレ達はハトの邪魔をしないように、ヤマネさんから十メートルほど距離を開けて、ムカデの到着を待った。
結局、待ち合わせ時間から送れること三十分、イキナリ不機嫌なムカデがやってきた。
「寒すぎるんじゃないんね」と凄むムカデを必死になだめる。オレはスーツ姿のムカデしか見た事がなったが、私服のムカデはファーのついた白いダウンをもっさりと羽織り、まるでヤンキーがそのまま三十歳になったみたいだった。
相変わらずの曇り空を、元安川に向かって歩く。川沿いは益々寒かったが、驚いた事に数組がほとんど咲いていない桜の木の下で、既に宴会を始めていた。
「へぇぇ、すごいですね」と驚くと、ヤマネさんが、「まぁ、春じゃけぇね」とよく分からないことを言った。
広げたビニールシートの上に、とりあえず座る。
クサツさんがビールを配り、ひとまず、乾杯。
おもむろにムカデが広げた弁当に、みんなが驚いた。
「へっ?何スか?これ・・・」
「から揚げに、焼き鳥に、こっちのは、バンバンジーか・・・」
「家、鳥屋さんじゃったっけ?」
「あんたらどうせ炭水化物だけじゃろ?そう思ってオカズにしてあげたんでしょうが」と言って、ムカデはから揚げとつまんだ。それに習って、オレ達もから揚げをつまむ。
普通に美味かった。
「てか、料理なんてするカエデに驚きじゃ」
「文句あるんなら食べんでえぇですよ」
「いや、美味しいですよ」と言って、オレはバンバンジーをつまんだ。ムカデは少し恥ずかしそうにヤキソバをズルズル食いながらビールを空けた。オニギリは皿の上に転がされ、サンドウィッチにいたっては取る前に却下された。
時折吹く風が冬の寒さを思い出させるが、午後になると薄日が差してきて、ちょっとだけ暖かくなってきた。
ヤマネさんは花粉症らしく、「春はツライわ」と言って、涙目になっている。ムカデはあっという間にビールを三缶空けて、仕方が無いからオレが追加の買出しに行く羽目になった。
元安川沿いを歩いてコンビニに向かう。対岸には平和公園、背中には安芸の子富士。広島に来て、もう時期、一年が経つ。何だか早かったり、やけに時間が経つのが遅かったり、こっちに着てから時間の周期が一定じゃない。とりあえずは、オニギリを作れるようになっただけでも、格段の成長だろう。
自社製品をしっかり確認してから、ビールを買ってコンビニを出る。
誰かが橋のたもとで歌っていて、屋台のヤキソバ屋の前に数人の人が集まっていて、来た時よりも花見客も増えていた。
去年来た時には、まさか一年後に自分が花見なんてしてるとは思いも寄らなかった。そして、この一年で確実に苦笑する回数が増えたな。
我がビニールシートに戻ると、クサツさんが何故かヤマネさんの靴の匂いを嗅いで悶絶していた。
「あのぉ・・・何があったんで?」
「カエデに賭けで負けた・・・」
「そ、そうっすか・・・」
「勝ったらどうする気だったん?」ヤマネさん、無垢な瞳で敗者をそれ以上傷つけないでやってくれるか。
のた打ち回るクサツさんを蹴飛ばして、ケタケタ笑いながらムカデはオレが買ってきた発泡酒のプルタブを開けた。
「あぁ、こっちだったら普通のビールですよ」と言うと、ムカデは睨みながら「早よぉ言いんさいや。使えんねぇ」と言って、飲みかけの発泡酒を渡し、オレの手からビールを奪い取った。クサツさんが物欲しそうな顔をしていたが、さすがに気が引けたので、オレは別のビールをクサツさんに渡した。
その後も、酔っ払ったムカデの傍若無人ぶりにクサツさんは哀れなほど振り回され、ヤマネさんは我関せずでハトと戯れ、オレは溜め息をつきながらも、それなりに楽しくみんなの世話をした。
「あれ、あんた来てどれぐらい経ったっけ?」とロレツも怪しくなってきたムカデがオレの頭を人差し指でこつきながら聞いてくる。
ムカデにビール二缶一気をさせられたクサツさんは、「二缶で終わりね」と悪態をつかれて、既に寝息を立てている。
「ちょうど一年ですね」と足元に置かれたビールが蹴飛ばされないよう、動かしながら答えるオレ。
ふと、ヤマネさんが振り向いて言った。
「あれ、そういえば来週から新人が入るんじゃろ?」
「へっ?」「マジで?!」
オレは、初めて知った。どうやらムカデもそうらしかった。
ムクっと起きたクサツさんが、一度だけ大きく頷いて、また倒れた。
(この物語はフィクションです)
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