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広島市内を走る路面電車。通称「広電」。 |
ここではその「広電」の駅にちなんだショートストーリーを公開しています。 |
全て作り話の”つもり”ですが、広電に乗ればそんな風景も・・・ |
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広電物語 : 「モトノモクアミ」
次は~まとばちょ~まとばちょ~
おぉ、ファンファーレが鳴った。
広島駅から市内電車に乗って、3駅。
それもぐるっと遠回りをしてだから、歩けばなんのことはない、ものの5分あまり。
それでもモトヒロはいつも市内電車に乗って、そこに通った。
帰りは歩いても、行くときは、広電。
場外馬券場、ウィンズ広島ができて以来、モトヒロは毎週欠かさず、週末はここに来ている。
まさに雨にも負けず、風にも負けず、的場町の電停で降りて、この道を通ってきた。
ウィンズ広島は広電的場町電停からものの3分。
その間の道のりは、今年で60になろうかと言うモトヒロを、時にやさしく、時に恐ろしく、ちょっとした(幸運な)驚きと共に迎えてくれる。
待てよ、電停から3分ってことは、広島駅から歩いてもそんなに変わらんじゃないか。
10年越しの気づきを得ようとしたそのとき。
おぉ、モっちゃん。
見慣れた親父が声をかけてくる。
張った声でもない、投げ捨てたような声でもない。
コンビニに行って、いらっしゃいませ~、と言われているのと同じ感じ。
モトヒロの本日の勝負レースは第5レースの新馬戦。
つまりは、全馬本日が初出走だ。
普通、そんなレースに大金をつぎ込むアホはいない。
だって、どんなウンチクを並べても、如何せん走ったことがないのだから、勝負は下駄を履いてみなければ分からない。
それでもモトヒロにはこのレースで勝負する理由があった。
2枠3番、ヒロノカイウン
母馬は、ヒロノオジョウ。
モトヒロが大好きだった馬だ。
綺麗な栗毛で、くるんとした目が特徴だった。
確か20戦くらいして勝ったのは2回。
自分でもなんで好きだったのか分からない。
でも、今朝、駅で買った競馬新聞を眺めているうちに、その名前を母馬欄に見つけたときは、数年ぶりに心躍った。
60にもなると心躍ることなんてなかなかないわな。
まとばちょ~まとばちょ~、のファンファーレを聴いても、さすがに心躍るとまではいかない。
むしろ、身が引き締まる、という感じの表現がしっくりくる。
今日は、踊った心を包む痩せこけた身が一段と引き締まった。
レースまではあと1時間以上ある。
腕試しとばかりにその前の4レースを買った。
6枠12番、モトノモクアミ
名前は何だかパッとしないが、馬体はよく見えた。
ん、待てよ。
モトノモクアミってどういう字だっけ?
ん、待てよ。
むしろ、どういう意味だ??
思い出せそうで思い出せない。
気になって仕方がない。
モトヒロは良くも悪くも直感を信じて生きている人間である。
馬券を買うときも、その馬の成績や状態ももちろん重視するが、それ以上に自分の「感覚」のようなものを信じているフシがあった。
逆に言うと、己の「感覚」が気になったら最後、すっきりするまで他のことが手につかない。
モトヒロはとりあえずウロウロ館内を歩き回ってみた。
もちろん携帯電話を取り出して「モトノモクアミ」と打てば漢字くらいはわかる。
辞書機能を使えば意味だって分かるだろう。
でもそれを60歳・趣味競馬のモトヒロに求めるのは酷だ。
ウロウロ、ウロウロ。
うーん、思い出せない。
第4レースのファンファーレが鳴る。
気の入ってない表情でモニターを横目で見ながら、ウロウロ、ウロウロ。
出走場が砂煙を巻き上げながら、ダートコースを走っていく。
モトノモクアミもいい位置だ。
直線に入って、外から先頭を捉えようとしている。
それでもモトヒロはまったく興奮しなかった。それどころじゃないのだ。
ゴール寸前、先頭を行く馬に、周りとは別の意味でモトヒロは声をあげた。
モトノモクアミ!!
叫んだら思い出せるかと思ったが、ダメだった。
モトノモクアミは見事1着。
腕試しとしては最高の結果だが・・・
夕暮れの猿侯川を横切って、広島駅に向かう。的場町とは反対側のルートだ。
川沿いも、ようやく春のたたずまいを見せてきた。
もう今年も3月だ。
第5レースは結局、人気薄だったヒロノカイウンが2着に入り、高配当での決着になった。
モトヒロはというと、モトノモクアミが買って儲かったお金を全てヒロノカイウンにつぎ込んだもの、1着馬が買っていない馬だったので、全て馬券は外れた。
その後も出たり入ったり。
猿侯川のたゆまぬ流れを横目で見ながら駅に向かう。
右前方には、再び広電の広島駅。
う~ん、結局モトノモクアミじゃないか。
あ。
(この物語はフィクションです)
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