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広島市内を走る路面電車。通称「広電」。 |
ここではその「広電」の駅にちなんだショートストーリーを公開しています。 |
全て作り話の”つもり”ですが、広電に乗ればそんな風景も・・・ |
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広電物語【2】-(9) : 「紙屋町師走協奏曲」
いくら小さな支店とは言え、さすがに師走にもなると飲み会続きとなる。
まして我が社は一応、飲料メーカーだ。酒の類は置いていないが、カクテルやチューハイの材料となる飲料は売り出している。もっとも広島支店の誰もがそんな飲料には目もくれず、ビール、焼酎、もしくは(金があれば)日本酒、といった王道を進んでいるわけだが、小売店、販売代理店、広告屋、販売代理店、缶製造会社、大口顧客、果ては一つ下のフロアに入っている不動産屋に至るまで、忘年会に続く忘年会。ヤマネさん曰く、師走協奏曲、と言う状態になる。
ブンゾーことオヤジさん指揮の元、我が支店もローテーションを組んでそれに対応するわけだが、カエデさんは行く気などサラサラないので、必然的にブンゾーオヤジ、民生支店長のどちらかと、クサツさん、ヤマネさん、オレの誰か一人、もしくは二人、という組み合わせに落ち着く。中でも最もタチの悪い客にオレが回されることは言うまでも無い。もっとも、クサツさんと一緒に行ったところで、何だかんだと理由をつけてさっさと帰ってしまうし、ヤマネさんは接待ベタと言うか、ほとんど喋らないので、一人酒と変わらない。要は、役に立たないのだ。オレは「ホープじゃねぇ」とか何とか民生に言われながら、三人体制にも関わらず、六割の高打率でローテーションが回ってきた。
「いやぁ、マジでつらいッス・・・」師走に入って二週間目の金曜日、思わずムカデにこぼす。しかし、これはこぼす相手を間違っている、というものである。
普通、これぐらいの年の独り身の女性にでもなると、かっこいい人がいるなら行きたい、とか、あそこの社員は金持ってるから行きたい、とかそんなことを言い出しそうなものなのだが、ムカデに限っては全くそんな素振りも見せない。騙す、と言っては聞こえが悪いが、ちょっとでも行きたそうな社員ならなだめすかして出席させる術もあるだろう。ましてこの支店は男所帯。客も大半が男所帯。態度が最悪とは言え、一応美人の部類に入るカエデさんが出向いて嫌な顔をされることは無い。
それでも、ムカデは協奏曲など聴こえていないかのように、平然と五時半になったら広電に乗って帰っていく。窓の外にそれを眺めながら溜め息をついているのはオレとクサツさんだが、理由はきっと全く違う。そんなカエデさんの性格を当然分かっているブンゾーも、触らぬ鬼に祟りなし、ムカデをハナからローテーションに入れていない。
つらいとこぼしたオレにムカデは一瞥をくれ、無言のままブラック缶コーヒーを啜った。
そう、嫌ならば、行かなければ良いだけなのだ。
いつもと変わらない隔週の問屋外回り。冬の柔らかな日差しが疲れきった肩にのしかかってくる。広電に乗って自社に戻ると、ちょうどカエデさんが退社するところだった。
「あぁ、お帰りっスか」
少し皮肉めいた口調で頭を下げる。まったくいい身分だ。給料がいくらなのかは知らないが、そんなこと関係なく苛立つ。斜め上から見てくるムカデを、おのずとこちらも斜め下から見ることになる。ちょうど便所に出てきたヤマネさんが「お。戻ったん?」と言わなければ、こっちが何か余計なことを言ってしまいそうだった。
溜め息をつきながら、ヤマネさんと入れ替わりにデスクに戻る。支店長に簡単な報告をして、窓辺の席に向かう。荒れ果てたデスクの真ん中には、「ウコンの力量」という他社製品が、ちょこんと鎮座していた。
西日の途切れかけた窓の外を見ると、いつもと変わらない広電の車両がカエデさんを乗せて走り出す所だった。
ったく、何なんだかなぁ。
「おい、それそろ行くで」
オヤジさんに促され、作りかけの報告書を保存して席を立つ。今週はこれで三度目の接待だ。木曜にして三度目、と言うことは一日しか休みが無い。明日入っていないのが、もはや天の恵だ。悪いことに我が社の接待を行う店は、決まっていた。
紙屋町にある「カープ坊や」
寄りにも寄って串カツ専門店で、いくら我が社の商品を大量に入荷してくれているとは言え、毎日串カツとビールなんて、通風になれと言われているとしか思えない。ブンゾーが健康体なのが、むしろ不思議なぐらいだ。ウコンの力量が太刀打ちできる相手ではない。
確かに紙屋町(東)の電停から、横断歩道渡ってすぐの場所にあるこの店の立地は良いが、たまには変えてくれてもいい。我が社からも歩いて十五分程度の場所にあるこの店は、既に向かうテーブルも決まっていて、十二月の平日は、行かない日にだけ電話を入れる、という悪しき風習がまかり通っている。
「はい、行けますよ」ぶっきらぼうに鞄を持ち上げると、ブンゾーが睨みを効かせ、「接待は笑顔じゃゆぅとるじゃろぉが」と言ってきた。とてもじゃないが笑顔からは程遠いそのゴツイ顔に、オレはただ呆れるばかりだった。
ガタゴトと音を立てて大通を横切る広電を横目に見ながら、見慣れた横断歩道を渡る。地下一階にある店に降りる階段の手前で接待相手を待つ。ブンゾーがメモを見ながら、「今日は広島屋さんか」とつぶやく。「はい。小型スーパーの、広島屋さんですね」と言うと、ブンゾーは「まぁ、三次会までじゃのぉ」と絶望的なことをサラッと言ってのけた
「例年、三次会っスか?」
「うぅん、二年前は朝までじゃったけど、先方の部長さんが糖尿になったけぇの。去年から三次会でストップになったわィ」
返す言葉が見つからない。なぜ、飲むんだ?
三次会とは言わず、冷奴でも食べて帰ってくれ。
五分ほど待ってやってきた部長と部長補佐、係長は揃いもそろって小太りのオッサン達だった。ブンゾーの顔を見るや、顔をほころばせ、「いやぁオヤジさん、ご無沙汰しとります」と頭を下げた。ブンゾーが「こちらこそいつもお世話になっとります」と頭を下げる。先方の顔には「酒が飲みたい」とハッキリと書いてあり、オレは係長以外は初対面だったが、無論そんなことを言い出せるはずも無く、色褪せたオレンジ色の暖簾を四人に着いて潜った。
ビールと季節はずれの枝豆がやってきて、ようやくオレと部長、部長補佐が名刺交換をする。
「あれぇ、初めてじゃったんですか」とブンゾーが言い、「ついつい合いそびれてしもォて、申し訳ないです」と部長補佐が頭を下げる。関係的にはこっちが客だが、見たところブンゾーは先方の部長よりも十ぐらい年上なので、先方も低姿勢だ。特に部長とブンゾーは長いのか、次々に昔話が出てくる。それはまぁ、それなりに面白い話で、昨日の問屋との飲み会よりはマシだった。
串カツの盛り合わせが出てきた頃、ブンゾーが「こいつは本店から借り受けてまして」とオレのことを指す。「あぁほぉじゃったんですか。どぉりで広島の方じゃないなぁ思ォとったんですよ」と係長がブンゾーにビールを注ぎながら話を合わせる。ここは未だに瓶ビールの店なので、下っ端は気が抜けない。
「こいつもうちに来る前は東京におりましてね」と言ったのは部長だ。どうやら先方の部長補佐は、東京の小売会社にいたところを、引っこ抜いてきたらしい。本人も親の面倒を見るためだか何だかで、転職に至ったそうだ。彼だけは、オレに話しかける時に標準語になる。
「最初の頃は戸惑いましたよ。ほら、全然やり方が違うでしょ?それも覚えればいい、って違いじゃないじゃないですか。品名の違いなんて覚えれば半月ですけどね。メーカーさんとのお付き合いとか、今以上に広島は違っててね。ボクもここ出身だし、分かってるつもりだったんだけど、やっぱり戸惑いましたよ。部長もそういうところは指導してくれませんでしたしね」
こうしたさりげない気遣いは、東京で働いていた人間ならではなんだろう。おどけた調子で言われた部長も、別に悪い気分ではないんだろう。むしろ自分に対する信頼すら感じているかも知れない。久方振りのこうした気遣いに心地よさを感じる。オレは「ありがとうございます」と心の底から言いながらビールを注いだ。分かってるのか、分かっていないのか、ブンゾーがそ知らぬ顔でささみチーズカツに噛み付いていた。
案の定、三次会で古ぼけたスナックに行ったところで、会はお開きとなった。広電は二次会が終わった時点でもう止まりかけていて、そろそろバスも最終になるためだ。部長補佐と係長が丁寧に酔っ払った頭を下げてから岐路に着く。オレは一瞬迷ったが、ウコンの力量のお陰か、まだどうにかなりそうだったので残ることにした。我が家は紙屋町から歩いて三十分かからないぐらいの場所にある。雨でもなければ歩いて帰れるこの立地が、余計にオレを苦しめる。
部長がお手洗いに行った隙に、「お二人にして帰った方がよかったスかね?」とブンゾーに尋ねると、「ワシの方が帰りたいよ」と苦笑いされた。そんなブンゾーを見ることも無かったので、少し驚く。そりゃそうか。オレも今週三回目だが、ブンゾーも二回目だ。しかも聞けば明日もだと言う。「大変ですね」と同情すると、「仕事じゃけぇの」と言って、ウィスキーのロックをあおった。
スナックを出たのは二時を回る頃だった。ブンゾーの家と部長の家は、近い所にあるらしく、一緒にタクシーに乗り込む。オレはフラフラした足取りでそれを見送りに行く。タクシーに乗り際、ブンゾーがオレのポケットに何かを差し込んできて、小声で言った。
「今日はタクシーで帰れや」
二人を乗せたタクシーが走り出した後、ポケットからはヨレヨレの二千円札が一枚出てきた。
(この物語はフィクションです)
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