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広島市内を走る路面電車。通称「広電」。 |
ここではその「広電」の駅にちなんだショートストーリーを公開しています。 |
全て作り話の”つもり”ですが、広電に乗ればそんな風景も・・・ |
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広電物語 : 「広大付属中学入試まで四ヵ月」
広島駅から広電に乗り換えてガタゴト十五分あまり。
広大付属学校前で下車する。
なぁにこの停留所、間隔がなくて危ないじゃない。
前を歩くおばさんのヒソヒソ話が聞こえる。
信号が変わるのを待って、トコトコ歩いていく。
校門は、電停からも見える場所にあり、ほとんど目の前だ。
不自然に尖った包丁の先みたいに、住宅が間にある。
母校の校門をくぐる。
遠くから、部活動の声だろうか、キャーとかワーとか幼い声が聞こえてくる。
自分がいた頃と何も変わっていないような気さえする。
「広大付属中学入試説明会はこちら」と墨字で書かれた看板を頼りに古い校舎の脇をぬけて、松の木を横目に見ながら階段を上る。
古い階段と、松の木。
もしかしたら自分がいた頃からあったものかもしれない。
ミヒロがこの学校に入ったのは、今から20年ほど前だ。
もうそんなに経つのか。
「お金がないから私立には行かせられないのよ、ごめんね」と母親に言われ、泣く泣くセーラー服の素敵な中学を諦めてこの中学に入った。
共学は、嫌だった。男の子のいない学校に行きたかったのだ。
今考えれば、こちらの方が難関と言われていた学校だったし、母親の選択肢は正しかったと思う。
ただ、「お金がない」理由は、父さんが競馬と流川に使ったためだ、と知ったのは大学に入ってからだ。
そして母親がそれに文句を言わなかったのは、自分のせいで開いてもらったスナックの経営が傾いていたからだ、ということは最近知った。
全く親ってのはとんでもない、と思いつつ、自分がいざ親になってみると似たようなことになっていて一人苦笑する。
夫に話すと、「しょーがないじゃろ。そんなもんよ」、と言って二本目のビールをせがむ。
「男ってのは、まったくこっちの苦労が分かってない」と同じ小学校の中のいい親友達に話すと、「機嫌が悪くならないだけ、まだマシよ」と言われた。
まぁもっともだ。
これでも一応、パートにも行かず、主婦をやってられるのも、夫のお陰だ。
他の親友達なんか、近くのスーパーでレジ打ってると恥ずかしいから、わざわざ川を二つ隔てた遠いスーパーにレジ打ちに行ってる、と言っていた。
10歳も年上のオバサンからのイジメなんて、私には耐えられないだろう。
夫は競馬と流川の代わりに、車とゴルフにお金を使い、私は株で家計を左前にした。
結局は、同じようなことの繰り返しだ。
時代が、変わっただけ。
10月の晴れやかな日差しが差し込む部屋で、説明会は行われた。
全部で5回あるうちの4回目とあって、司会進行をする若手の先生の調子も手馴れている。
私は窓側の席に座り、ぼんやりと校舎の外を眺めた。
校庭では、部活動だろうか、生徒達がソフトボールをしている。その脇では体育祭に向けて応援の練習をしている学ランハチマキ姿の一群。
この風景は変わらないな、全然。
20年前、ミヒロはやはり窓側の席に座り、ハゲ頭の地理の授業を横目で見ながら、そんな光景を見ていたはずだ。
少し明けられた窓から、やや冷たくなってきた風と、広電がガタゴトと右に左に行ったり来たりしている音が教室に入り込んでいる。
周りを見渡すと、先ほど停留所に文句をつけていたおばさんたちが、ウツラウツラ、必死に睡魔と戦っているのが見えて、思わず噴出しそうになった。
きっとこの二人は、20数年前も同じように睡魔と戦っていたんだろうな。
行っていた中学は違っても、きっとそうだったはずだ。
一通り説明が終わり、質疑応答の時間に入る。
入試まではまだ四ヶ月。受かるかどうかも知れない子供の受験を前に、どこの親も必死だ。
中には、「子供が共学には行きたくないと言っているんですけど、御校ではどういった教育方針で男女共学にされているのでしょうか」、などという質問もあって、笑った。
表情がこわごわとしており、如何にもこんな質問をして申し訳ない、という思いが身体からにじみ出ており、なんとなく場の空気が和んだ。
若手の先生が、「街を歩いていても男性と女性は、両方いますよ。子供だからと言って同じことです。自然な状態で、普通に授業をする。それだけですよ」と答える。
もしかするとうちの親も似たようなことを聞いていたかもしれない。当時、入試説明会なんてものがなくてよかった。
今にして思えば確かに男女どちらかしかいないほうが不自然だ。
この教室にいるほとんどは「お母さん」だが、こんなのが6年間も続いていたら、自分は耐えられなかっただろう。
ヒロヤス君は元気してるかな。
彼は野球部だった。
ナツヒロめ、今会ったらただじゃおかんのんじゃけえ。
ナツヒロはヒロヤスを取った。
取ったといっても、別に私のものだったわけじゃない。
勝手に憧れていただけだ。
こうやって当時も、校庭を眺めて。
今と同じように手を上げることもなく。
卒業してからみんなバラバラだ。
私は一浪して、受験が嫌になって、結婚した。
親は猛反対したが、相手は電力会社副社長の御曹司、と言うと、コロっと態度が変わった。
ゲンキンなもんだ。
今度は相手の親が猛反対。
そうこうしていると、あっという間に子供ができて、めでたく結婚と相成った。
質疑応答が終わり、紙袋を手に、懐かしい木の椅子から腰を上げる。
不意に、「ナカノさん?」と声をかけられた。ナカノは私の旧姓だ。振り返ると初老の小柄な男が立っていた。思わずキョトンとする。
「ナカノさんじゃろ。いやー変わっとらんねぇ。相変わらず大きな目をしてから」
誰だ?このじじぃ。確かに私の目は大きい。そしてかわいい。だがこんなじじぃに古典的なナンパをされるほど年は食ってない。
じじぃが頭をポリポリと掻いたところで、ハっと気がついた。
「あぁ!ハゲチリ!」
思わず大きな声を出してしまった。
教室が静まり返る。お母さん方はもとより、先生方も強ばった表情でこちらに視線を落とし、そして反らす。
ん?私、随分マズイことでもしたのか?
「ハゲ地理とはナカノさんもやっぱり変わっとらんねぇ。昔っから、大人しいのに言うときはいう子じゃったけぇね」
確かにそうだ。決して自分から先生に反抗したり、悪いことをしたりするタイプではなかったけれど、外ばっかり見ていて怒られたときも「ハゲチリの授業がつまらんけぇよ」と言って、教室を凍らせたことがあったっけ。
ふとバッチに目をやると、「校長」と書いてあった。
あちゃー。来年息子を受験させようかと言うのに、その中学の校長に向かって、元先生生徒の関係とは言え、公衆の面前で「ハゲチリ!」だ。さすがに意識が遠のく。
ごめんなさい、ごめんなさい、と数回頭を下げる。
もうお母さん方はほとんど教室にはいなかった。若手の先生方は張り紙を剥がしたり、机を元に戻したり、後片付けに忙しい。
「いやいや。懐かしくて、思わず急にね。すまんかったね」
「いえ、とんでもないです。よく覚えてらして」
「仕草が変わらんかったけぇね。ここにおるってことは息子さん?お嬢さん?あぁもうナカノじゃないんか。はっはっは」
そういってハゲチリはまたポリポリ頭を掻いた。
教室を出て、松の木とその奥の校庭が見渡せる階段の踊り場のようなところで少しだけ立ち話をした。
「変わらない光景ですね」と言うと、「最近の学校は色々大変なんよ」と笑って頭を掻いていた。
なんだかとても懐かしかった。
夕日に照らされ、目を細めながら校庭を眺める。
うちの息子にも、同じ景色を見せてやることができるだろうか。
(この物語はフィクションです)
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