******************************************************************* |
広島市内を走る路面電車。通称「広電」。 |
ここではその「広電」の駅にちなんだショートストーリーを公開しています。 |
全て作り話の”つもり”ですが、広電に乗ればそんな風景も・・・ |
******************************************************************* |
広電物語 : 「遠い遠い比治山へ」
「週末は比治山に行こう」
単純すぎるな。
「心躍る芸術の山」
「市内からこんなに近い比治山」
「比治山で自然探索」
・・・作ってはボツだな。
ヒロミチは広告代理店に勤めだして、丸3年。
製作を請け負っているタウン誌で、初めてカバーページの企画を任されてから1週間。
3日目に企画を4つほど書いて持っていったら、まずテーマが決まらんことにはなあ。と言われてすごすご引き下がってきた。
だからって、何で6月号で比治山なんだ?
せめて桜の咲く季節なら、チーフにそうこぼしたら、そしたら単純な企画しかでてこないだろ?ほら、「花見なら比治山」みたいな、さ。
と一蹴された。
もっともだ。
うちのタウン誌企画は斬新さがウリだ。
うちのような、地方の二流代理店がどうにかカバーページの企画をもらい続けているのは、そういった斬新さが一部の読者にウケているからだ。
「桜が散ってもやっぱり比治山」
ダメだな。これも。
カバーページの企画はそうそう簡単に任されるものではない。
中途で入社したベテランの社員でも2-3年は補佐だ。
新入社員が任されること自体、ヒロミチはまだ見たことがない。
会社が設立されてから20年。
これまではずっと創業者グループが主体になって企画を進めてきた。
地方タウン誌とはいえ、広島市100万人を対象にした本のカバーページならなおさら、彼らが取り仕切ってきた。
毎年5人前後の新入社員をとってきたとはいえ、彼らの仕事のほとんどは営業だ。
企画したり書き物をしているのは、創業者グループか、中途で入った4人の社員達だった。
会社の風向きが変わったのは半年前。
50人あまりしかいない会社のメンバーのうち、5人が辞めて会社を新しく作った。
その中には創業者グループの一人も入っていた。
営業だけじゃなく、企画モノも少しはやらせていかないと、そんな声がチラホラ聞こえてきた。
そうして新卒で入った5年目くらいまでの社員の中では比較的優秀な成績をおさめていたヒロミチに白羽の矢が立った。
正直、うれしいとか、そういう感情はあまりなかった。
他の人が選ばれていたら多少自尊心を傷つけられていたのかもしれないが、悔しいというほどのものでもなかったと思う。
ヒロミチはそれほど仕事に情熱を傾けてやるタイプではなかった。
なんでも器用に、それなりにこなしてきた結果が、今のポジションだ。
それにしても弱った。
これまでも企画を作ったことがないわけじゃない。
営業ばかりをやっていたころも、チーフと相談してはちょこちょこ企画を小出しにして営業提案をやっていた。
大きな違いは、営業提案では企画を何個も出していいのに対して、こちらは営業が終わった後なので、企画を一つに絞らないといけない点だ。
敢えてなのかなんなのか、チーフも今回はあまりアドバイスをくれない。
良く考えてみたら、チーフですら、2回しかカバーページの経験はない。
してくれないんじゃなくて、できねーんじゃねーの?そんなことを思いながら鉛筆の後ろで頭を掻く。
さすがに明日には企画を出さないと、やばい。
そう思うとプレッシャーでますますアイデアが浮かんでこない。
こんなこと、これまでなかったのに・・・
改めて調べてみてわかったのだが、比治山はとても中途半端だ。
美術館があるとは言っても、市内中心部にも2つ大きな美術館はある。
展示の中身がちょっと違うからといって、そんなに興味をそそられるものじゃない。
自然があるといっても、平和公園に毛が生えた程度。
景色に至っては、記憶にすらない。
そういえば、比治山なんてもう5年も行ってない。
ヒロミチは市内で育って、市内の学校に行って、市内で就職をした。
それでも比治山ほど馴染みがない場所はないかもしれない。
なんてったって、不便なのだ。
自転車であがって行くも、結構大変だし、自家用車でもないと、比治山へのルートは、バスか、広電の比治山下電停で降りてトコトコ歩いていくしかない。
その広電も市内中心部とはつながっていない皆実線、通称比治山線の電停だ。
うーん。
悩んでいても仕方ないので行ってみることにした。
3日前に営業車で一度行ったが、今度は広電で行くことにした。
広電で比治山なんて、初めてだ。
ヒロミチの会社がある紙屋町からは、ぐるっと的場町経由で皆実線に乗り換えるしかない。結構な移動だ。
しかも、外は早くも梅雨がきたかのような雨。5月とは思えない蒸し暑さだ。
外出届を出し、メモ帳と傘だけを持って外に出る。
早くも比治山が遥か先の場所のように思えた。
広電に乗る。
ガタンゴトン。
揺れる電車に身を任せる。
案外、市内に住んでない人の方が比治山とか行ったりするのかもな。
的場町で乗り換えてさらに15分ほど揺られて、ようやく比治山下電停に着く。
案の定、何もない電停前の風景。
申し訳なさそうに比治山への上り口が顔を見せている。
小降りになってきた雨が霧雨のように傘の下から入り込んでくる。
あーもう、なんなんじゃ
この際、そんな企画にしてやろうか、そう思いながら比治山をあがる。
一応、美術館と図書館の入り口まで行ってみる。
入る気は、さらさら起こらない。
桜の季節や夏休みならともかく、5月の雨降る蒸し暑い日の午後にわざわざ比治山で芸術を愉しむだけの余裕なんて、25歳独身男にあるわけがない。
あ、そういえば明日の合コンの予定どうしよ。
今日中に企画ができんと、、、、うーん。
気がついたら雨がほとんどやんでいたので傘を閉じる。
目の前にはぼんやりと薄暗い広島市内の景色が見える。
悪くない景色だ。でもいまさら「市内を一望できる比治山」なんて当たり前の企画が売れるほどこの業界は甘くない。
広島市が、とても遠い街に感じられた。
ふと、思う。
比治山って、広島市中心部にあるようで、ないんじゃないか。
市内の人だってほとんど訪れることはないだろう。
そこから見える市内の景色は、まるで遠い街の写真でも見てるかのようだ。
空だけが、動いて見える。
そうか、遠い遠い比治山に上って広島市街を外から眺めてみよう、か。
「遠い遠い比治山へ」
悪くない。
ボツになるかもしれない。合コンも行けないかもしれない。
でも、悪くない。
メモ帳に走り書きをする。
本が売れて、比治山にいっぱい人がやってきて、ここも市内みたいになったら、イヤだな。
なんてにやけながら、ヒロミチは会社への帰路に着いた。
そうか、また、比治山下電停からの長い旅か。。。
(この物語はフィクションです)
コメント
コメントフィードを購読すればディスカッションを追いかけることができます。