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広島市内を走る路面電車。通称「広電」。 |
ここではその「広電」の駅にちなんだショートストーリーを公開しています。 |
全て作り話の”つもり”ですが、広電に乗ればそんな風景も・・・ |
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広電物語【2】-(11) : 「袋町におります」
「はぁ?お父さんとお母さん来とるのに、なにノコノコ会社に来とるん?」
いつに無いカエデさんの大きな声で社内がしぃんとなる。
「ご両親来とられるん?」ヤマネさんが手を止めてこっちを振り返る。
「はぁ、なんかボクがいるうちに、って観光で今日から来てるみたいです」
オレは余計なことを言ったと後悔した。今日は文字通り『酒樽を抱えて歩いとる』と言われている中卸業者の社長の接待が予定されていて、「今日は地べた転がって帰らんといけんねぇ」と意地が悪そうに言うムカデの嫌がらせに、思わず漏らしてしまったのだ。
「まぁもういい年なんで、関係ないっす」
必死に火消しに走る。父と母はザ・普通の夫婦といった感じだが、やっぱりこの年になって両親が来てます、と言うのは何だか恥ずかしい。それに狭い広島だ、ウロウロほっつき歩いてたらどこかで出会ってもおかしくない。何となく、ここは自分だけの世界、という気がして、両親を会社の人に見られるのも、その逆も嫌だった。
生まれてこの方、旅行以外で東京を出たことの無い両親にとって、一人息子が広島に赴任になる、という状況は、ちょっとワクワクするような新風だったみたいで、オレが家を出て一人暮らしをする、と言った時とは違って、赴任が決まったことを伝えた瞬間から、二人は遊びに行くと言って聞かなかった。何だかんだと言い訳をつけて拒んできたのだが、一人で過ごした正月の一時の感情に乗っかる形で、二人がやってきた訳だ。
「おとぉちゃんとおかぁちゃん来とるんなら有給とってえぇんじゃけぇの」
まるで二人が来てないと有給はとってはいけないもであるかのように民生が言う。
結局ブンゾーまでが「働くバカがおるか、親不孝もん!」とどついてきて、オレは今夜の接待を免除され、明日一日有給をもらうことになった。
この年で両親のために有給をとるというのも恥ずかしかったが、意地を張ってそれを必死に拒否する、というのも恥ずかしかったからだ。
しわ寄せを食ったのはもちろんクサツさんである。
部屋からそぉっと出て行こうとしていたのをムカデに捕まって、ブンゾーと共に今夜の接待が決まった。
「ほんっとすみません。いつかお詫びに変わります」
「まぁえぇんよ、うん、えぇんよ」
リアルに凹みながらもムカデに睨まれて渋々受け入れてくれたようだ。
なぜか、ブンゾーもカエデさんも満足げで、支店長もヤマネさんもやれやれと言った表情で仕事に戻っていった。
「この年になって両親の接待ってのも、何だか恥ずかしくって」
みんなが仕事に戻ったのを見て、隣の席のカエデさんに一人ごちる。みんなにバラされたことに対するささやかな抗議も含んで言ったつもりだったが、全く違うツボを押してしまったようで、「文句あるんね?」と言われてしまった。
「そっか、カエデさんもハワイ行ってましたよね」
ツボが分からず、火に油を注ぐ。
「元安川に沈められたいんね?」
今度はこっちの消火活動に追われる。どうやら冬の広島は火事がおきやすいらしい。それでもオレはもうこういったムカデの態度には慣れきっていたから、結構平然と会話を進める。
「ご両親、広島に来たことあるんすか?」
「うちの田舎バカにしとるんね?」
「いや、そういう訳じゃなくて、どこ連れてったらいいものかなぁ、と。平和公園は今日行ってるみたいなんですけど」
「知らんよ。宮島とかじゃない?」
「あぁそう言えば宮島も行きたいって言ってたな」
「それぐらいしか行く所なんか無いじゃろ」というムカデに、再びクルっと振り返ったヤマネさんが「尾道や呉もえぇよ。寒いけどね」と言ってくる。
「カメがおるんですか?」
「アホ?尾道ゆぅたら時をかける少女じゃろうが」少女という言葉が全く似合わないムカデが主張する。
「てか、今オマエ『おる』ゆうた?」
「え?」
「ゆぅたね。カメがおるって。エセ広島人が」
「え・・・」
「えぇっと、今会社が終わったんで袋町におります」
仕事が終わって、両親に電話したら、二人は一旦ホテルに戻っていて、丁度晩御飯を食べに出かけようとしていた所だった。
「おりますって言うのは広島弁?」と母親が言う。何故か心なしか嬉しそうだ。
「いや、おりますってのは多分東京でも使うかと・・・とりあえずホテルのロビーに行くよ。ここからなら五分ぐらいだし」
「大丈夫よ。せっかくならお父さんも息子の職場も見てみたいだろうし」
「は?何言ってんの?」
「外からよ。外から見るぐらいいいでしょ?」
オレは諦めて、一旦ホテルのロビーに迎えに行ってから会社の入っているビルを見せて、晩御飯を食べに行くことにした。こんな所、誰にも見られなくてよかった。オレはワザワザこの寒い中、一階まで降りて、ビルの外で電話をしていた。
会社のある三階までエレベーターで戻る。チーンと音が鳴って扉が開くと、ブンゾーとクサツさんがいた。扉の所に立ったまま敬礼をして「よろしくお願いします!」と言う。それに乗ってくれたクサツさんが「行ってまいります!」と敬礼してくれたのを、ブンゾーが「はよぉ乗れ、一兵卒」とエレベーターの中に押し込む。
オレは何だか二人の気遣いが嬉しくて、感謝しながら席に戻って鞄を取る。
「じゃぁすんません、あがらせてもらいます」
「おぉ、おとぉちゃんとおかぁちゃんによろしゅうな」民生がニコニコしながら手を振る。
当然の事ながら、ムカデはとっくに退社していて、出際に何かを言うかなぁと思っていたら、特に何も言わずに出て行ってしまった。
「明日も天気はえぇみたいよ」とヤマネさんに言われながら部屋を出る。
しっかしいつもこれぐらいみんな優しいといいんだけどなぁ、と苦笑しながらオレはホテルに向かった。
「あらぁ、久しぶり。忙しいの?痩せたんじゃない?」
五十も過ぎた自分の親に言われても嬉しくもないものである。
「そんなことねぇよ。別に忙しくもねぇし」急に子供じみた喋り方になっていることに気がついて、オレは二人をせかしてロビーを出た。
「広島って言っても寒いのねぇ」
「広島をどこだと思ってんだよ。東京と別に変わんねぇよ」
「会社は、ここから近いのか?」久々に息子に会って初めて言うセリフがこれ、と言うのは実に父親らしい。
「あぁ、そこの電車通り、ほら、『ひろでん』って路面電車が走ってるっつったろ?その袋町って電停の傍なんだ」
オレ達は平和大通と、ひろでんの走る鯉城通りとの交差点を曲がって袋町の電停のある方に向かう。母親は知らない街に来たのがそんなに嬉しいんだか、さっきから「あぁ広島って言っても街よねぇ」とか、「やっぱり東京とは違うわよねぇ」とか、微妙に失礼なセリフを繰り返している。
そのたびに、何故かオレは「当たり前だろ」とか、「バカにしてんのか?」とか、広島側に立ってこの街を擁護していて、それを見て父親は笑っていた。
「ほら、そこのちょっと路地に入ったところ、茶色いビルあんだろ?あそこの三階」
電車通りから十メートル余り、表の立派なビルの横に、恥ずかしそうに並んでいる薄茶けたビルの三階を指差す。部屋の電気はまだついていて、きっと支店長とヤマネさんがまだ残っているんだろうな、と思った。何故だか、あの二人になら見られても恥ずかしくない。
「へぇ、こんな所でねぇ」と母親が言う。どうもバカにされているようで腑に落ちないが、そんなこと気にもせず、母親はバックからデジタルカメラを取り出して写真に収めていた。「ちょっとビルの前に立ってよ」と言うのを必死に拒み、代わりに父親を立たせて写真に収めてから、晩飯を食いに行く。
「たまには地方都市に暮らすってのもいいだろう」
信号待ちをしていると、地方都市暮らしなんてしたことも無い父親が不意に言った。目の前を窓から灯りをもらしながら広電が走っていく。結構、古い車両だ。何故か、この寒空をゴトゴトと音を鳴らしながら走っていく古い車両の広電の姿は、まるで自分の部屋が迎えに来てくれたような、そんな気持ちになる。新しいのだと、何か違うんだよなぁ。
「あぁ、まぁそうね」
とだけ、オレは答えて、紙屋町の方に向かって走っていった自分の部屋を、自慢げに両親に紹介した。
(この物語はフィクションです)
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