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広島市内を走る路面電車。通称「広電」。 |
ここではその「広電」の駅にちなんだショートストーリーを公開しています。 |
全て作り話の”つもり”ですが、広電に乗ればそんな風景も・・・ |
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広電物語 : 「お隣さんはお嫁さん」
とうとう十二月が来てしまったか・・
結婚してから、十二月がこんな嫌いになるなんて思わなかった。
嫁になったばっかりのリョウコは十二月が誕生日。
誕生日にクリスマス。結婚する前は、プレゼントをいっぱいあげられる月、だったのが、結婚した途端、出費がかさむ月、に変わってしまった。
ぼくは今年の夏に結婚した。
嫁は三つ年下だ。自慢じゃないが、美人。
システムエンジニアなんて日陰の商売を、しかも顕微鏡でも見えないほど小さな会社で営んでるヒロヤスにとっては奇跡とも言える出会いだった。
嫁はずっとブログをやっていて、出会いはそこに書いたコメントがきっかけだった。
やがて家が近かったこともあって、ひょんなことから直接会ったりするようになり、やがて、リョウコは四駅ほど離れた皆実町二丁目から、この宇品二丁目のぼくの家に引っ越してきた。
出会って四回目の十二月。
結婚して初めての十二月。
悪いとは思いながらも、これまでの三回とはまるでモチベーションが違う。
なんてったって、財布は一つだ。
そして我が家は小遣い制だ。
ぼくは極めて薄給だ。
お歳暮をバカげた制度だと言う資格は嫁にはない。
恐る恐る妻に「今年は何が欲しい?」と尋ねてみる。
「ヒロヤス君、昔はそんなこと聞かなかったのにぃ。リョウコが何を欲しいか考えてくれてたのにぃ」
暢気なもんだ。
誕生日にゴルフセットが欲しいと言った時にゴルフゲームをくれた嫁にそんなセリフを言う資格はない。
しかしそれでも美人は許される。
美人は許される、というオーラが知らず知らずの内に出ており、こっちも知らず知らずの間にそれに従うクセがついている。
情けない。が、仕方ない。
「あ、リョウコねぇ、とりあえず誕生日は新しいパソコンが欲しい」
ヘイ、ガール、月三万の小遣いでどうやったらパソコンが手に入るんだい?
なーんて言えるはずもなく、会社のお古のパソコンをどうやったら新しいパソコンにできるか考えてみる。
ムリに決まっているだろう?
携帯が鳴る。
お。従兄弟のヒロミチからか。
「おう、元気か?」
「元気じゃねーよ、彼女がクリスマスに指輪が欲しいって言い出してさ。金貸してくんない?」
「・・・」
「知らん」とだけ告げて電話を切る。
世の中の人はシステムエンジニアという職種を勘違いしている。
流行のIT系?なんでも作れる魔術師?
チャンチャラおかしい。
薄給が三十年間続くだけの派遣業界だ。
この広島の会社に数千万のシステムを作ろうかって会社があると思うか?
「あとねぇ、新しいデジカメも欲しいなぁ」
と言っている嫁を無視して冷蔵庫をあける。
冷蔵庫には第三のビールが四缶。
うぅぅぅ、ひもじぃよぉ。
ぼくは広島でも人里離れた瀬戸内海の小島の出身だ。
ド田舎に生まれて、大した学校も出てない。
たまたま三流大学時代にやっていたプログラミング言語が世の中で主流になったおかげでどうにかこうにか仕事にありつくことができた。
たった八人の会社だったが、さらに二人辞めて今は六人。
それでも働き出して十年。
それなりにぼくはがんばってると思う。
不満は言い出したらキリがない。
家だってもっと広いところに住みたい。
毎日広電に乗らず、車で会社まで行きたい。
たまにはプレミアムビールが飲みたい。
でも、リョウコがいるから今の生活でもいいかぁ、と思う。
自分でもバカだと思うが、仕方ない。
リョウコもなんだかんだワガママは言うが、不思議と不満は言わない。
先日、同窓会があった。
出世コースを歩むヤツ、パート、落ちこぼれそうで必死のヤツ、玉の輿に乗ったヤツ、この年になるとさすがにジンセイイロイロだ。
昔付き合っていた人もそこにはいた。三年間くらい付き合った挙句、実は遠戚だったことがわかり、なんだか急にお互い醒めて別れたっけ、そんなことを言って笑った。
昔、ヒロヤス君のことが好きじゃったんよ、と笑った人は玉の輿に乗っかっていた。
ぼくが以前外注してもらっていた会社に勤めている人は、それがわかった途端、ヤケに鼻につく喋り方に変わった。
みんな、それぞれ昔とは変わっていた。
でもどんな話も笑って終わらせられるのは、きっとリョウコがいるからなんだろうな、と寒さが身を切る帰り道思った。
コンビニでアイスクリームを買って帰ってやった。
なんでもっといいやつじゃないんねぇ、と言いながらリョウコはぼくの分まで食べた。
ぼくは入れてもらったお茶をすすりながらそれを見ていた。
「一口食べる?」って昔なら聞いてくれていたかもしれない。
「これ捨てといて」って十年後は言われるのかもしれない。
でもぼくが捨てられてなきゃいいや。
もう一回ヒロミチから着信がある。
今度はなんだよ?
躊躇したが、仕方なく出る。
「おう、金なら貸さねぇぞ」
「ちげーよ、ヒロヤス兄ちゃん、手紙、来た?」
「あぁ、来た来た」
「行く?」
「行くしかねーだろ」
「美人の、奥さんも?」
リョウコのほうをチラッと見る。
先日はなした時は「雨が降ってなかったらねー」なんて言ってたっけな。
「わかんねーな。来年のことだろ?まだ半年もあんのにわかんねーよ」
「そっか、そうだよな。まぁまた近づいたら連絡するよ」
「おう。で、お金はいいのか?」
自分でもアホだがつい気になって聞いてしまう。
今度はリョウコがこちらをチラッと見る。
オーマイゴッド。
「あぁ、どうにかするよ」
「そっか。がんばれよ」
「おう、ヒロヤス兄ちゃんも」
電話を切る。
「お茶、飲む?」
パソコンから離れてリョウコがこっちに来る。
出会って四回目の十二月。
「うん、飲む」
結局貯金崩してなんでも買っちゃうんだろうなぁ、ぼく。
(この物語はフィクションです)
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