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広島市内を走る路面電車。通称「広電」。 |
ここではその「広電」の駅にちなんだショートストーリーを公開しています。 |
全て作り話の”つもり”ですが、広電に乗ればそんな風景も・・・ |
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広電物語【2】-(1) : 「広島駅に降り立って」
「へっ?広島に転勤っすか?」
「うん、来月から、よろしくネ」
ったく、簡単に人を移すよなぁ。何だと思ってんだよ。
手元にある空になったペットボトルをゴミ箱に投げる。
カッツーン、と音がして、プラスチック製のゴミ箱の淵に当たったペットボトルがコロコロと地面に転がる。
勝手にしろぃ、そう心の中でつぶやきながら、律儀に拾いに行く。
思えば東京を離れるのは生まれて初めてのことだ。
不安が無いと言えば、ウソになる。
しかも広島?カープと広島風お好み焼きと原爆ドームとヤクザ映画ぐらいしか知らない。
モワモワンと、坊主頭の店長がお好み焼きを焼きながら、逆転負けしたカープに腹を立てている図が浮かんでくる。
「ゴラァ、てめぇ東京モンたぁ、どーゆーことじゃあ。広島に埋めたるゾ」
おぉぉぉぉ、恐い。オレ、ちゃんと生きていけるだろうか。そういえばアンガールズも広島か。あんなんでも生きていけるなら、大丈夫だろ。必死に頭の中に浮かんでくるハゲたエーチャンをかき消す。
まったくわざわざ広島くんだりまで、こんな品の無いパッケージの飲料を売り込みに行く会社の気が知れないよ。
社内ウェブで人数を調べたら、「広島支店:五人」とあった。
オレ、六人目?
支店長の写真を見る。支店長は奥田民生似の、ぬぼぉっとしたオッサンだった。とても優秀な営業には見えない。オレ、左遷?
いやいやいや、そんな営業成績は悪くない。
今年の冬だって、クソ寒い中、主力商品であるピンク色の炭酸飲料を部で三番目に売り込んだ筈だ。
社内の素行だって悪いとは思えない。
なんでそんなオレが広島なんかに転勤なんだ。
ん?てか、引越しって、どうしたらいいの?
実家から出たときは母親が全部やってくれたしなぁ・・・
「あのぉ、部長」
「ん?何?」
「引越しって、家はどうなるんでしょう?」
「知らないよ。探しておいでよ。今週末にでも」
「へ?」
「大丈夫、旅費、落ちるから」
「いや、そういう問題じゃなくて・・・」
「新幹線は、自由席な。金曜日、半ドンでいいから」
「は、はぁ・・・」
「まもなく、広島~広島~」
そんなアナウンスと共に、オレは遥々広島までやってきてしまった。
新幹線がスピードを緩め、左手に球場が見えた。あれがカープの球場か。
ずっとトンネルが続いていたので、オレは少し不安になっていた。山ばっかりで、人はほとんどいないんじゃないだろうか。
最後のトンネルを抜けると、ようやくマンションが並んでいたので、少しホッとした。
どうやらオレ以外にも広島駅でそれなりに人が降りるらしい。
オレは周りを見渡して、強面のオッサンがいないことに安堵した。
かわいい女の子もいなかったが。
そういえば、神戸より西に来たことなかったなぁ、と思った。
ん、待てよ。沖縄行ったな。沖縄って広島より西?
よく分からないが、少なくとも、陸路では、人生で最も西だ。
うぅん、ずっと座っていたせいで腰が痛い。
広島は遠いところですのぉ。
来る前にちょっとだけ広島弁をネットで見て勉強した。
「じゃけぇ」は案外使わない。文章の最後には「~のぉ」か、「~じゃろ?」を付ける。
「オレ」は「ワシ」で、「ワタシ」は「ウチ」。
ぷっしゅーと開いた扉からホームに下りる。伸びをしたら立ち眩みがした。
広島駅は如何にも地方都市の駅、という感じで、以前行った新潟駅に、ちょっとだけ雰囲気が似ていた。
看板を見ると、極太の赤い字で、「ワシャ広島が好きじゃけぇのぉ」と書いてある。
な、なんと言うことだ・・・「じゃけぇ」と「のぉ」は組み合わせて使う用法もあるのか・・・しかも「ワシ」ではなく「ワシャ」?
過ぎった不安を目の前のサラリーマンがさらに掻きたてる。
エスカレーターに乗ったその中年のオッサンは、携帯電話を取り出すと、いきなり、「オォ、ワシよ、ワシ。今駅ィ着いたけぇのぉ。今からいっぺんそっち寄るわィ。タイギィけどしゃアないわァ。おぉ。ほんじゃアの」と呪文のようなことを言って、ソサクサと改札の方に歩いていってしまった。
お、おぉ。あれが、広島弁か。大体の意味はわかったが・・・
オレは着いて三分で広島弁を喋るのを諦めた。小さいァとィとォを使いこなせる気が全くしなかった。
南口、という方が栄えている、と握り締めたオトリップというガイドブックに書いてあったので、そちらに向かう。
金曜日の夕方ということもあってか、心なしか歩く人々の表情が明るい。
結構な人数いるが、その大半が学生服を着ていたのが、何だか新鮮だった。
「自動化しました」という看板が出ている改札機を抜けて、駅の外に出る。
西日を浴びた春の広島駅が、ほんのりオレンジ色に色づいていている。
右側に見える駅前の広場には噴水があって、その周りにこれまたいっぱい学生服を着た高校生が座っていた。
うぅん、思っていたよりは、明るい街じゃないか。
そう自分に言い聞かせて、波の様に引いては満ちてくる不安をなだめる。
奥のほうでガタンゴトンと音を鳴らして、路面電車が止まる。
そうか。そう言えば路面電車があるって書いてあったっけな。
ガイドブックをめくると、どうやらその路面電車は「ヒロデン」と言って、今日泊まるホテルの近くにも行くようだ。
オレは紫色に塗られた路面電車に近づいていって行き先を確認する。
おぉ、ちょうどこの電車が着きそうだ。路面電車に乗るのは生まれて初めてだった。
えぇっと、お金はどこで払うのかな。
とりあえず、周りを見習って乗り込む。
車体の左右にある横長い座席にはおばちゃんやおばぁちゃんがいっぱい座っていて、後ろの方では学生服を着た、まだ中学生っぽい数人が楽しそうに携帯電話を見せ合っていた。
何個目の駅で降りるんだっけ?
そう思って路線図を見上げると、ゴトンゴトンっと、少し頼りない音を立てながら、電車がゆっくりと動き出した。
(この物語はフィクションです)
>> 広電物語【2】-(2) : [猿侯橋駅] 「ちぃと猿侯橋まで」
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