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広島市内を走る路面電車。通称「広電」。 |
ここではその「広電」の駅にちなんだショートストーリーを公開しています。 |
全て作り話の”つもり”ですが、広電に乗ればそんな風景も・・・ |
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広電物語 : 「宇品五丁目に春が来た」
「ヒロちゃん、宇品五丁目ってどこよ?」
こいつはそれしか言うことがないのかよ。
契約更新のタイミングで皆実町二丁目のアパートを出て、おれは宇品五丁目に引っ越してきた。
それ以来というもの、何だか知らないがヤケに運気が上がってびっくりするぐらいだ。
宇品五丁目は広電の駅の周辺はびっくりするくらい路地の多い普通の住宅地だが、少し外側に行くと皆実町二丁目のショッピングモールに負けず劣らずのディスカウントショップやホームセンターが立ち並ぶエリアだ。
おれはまったくショッピングセンターに縁のない生活をしてるのだが、人によってはすごく便利なんだろう。
引っ越してからしばらくして、気がついたのだが、このエリアはやたらと若くて綺麗な人が多い。
そんなに一人暮らし用のマンションなんかがあるわけじゃないのに、不思議だ。
残念ながら「お隣さん」は例によって老人夫婦。
おれの運が悪いわけじゃない。
二十代後半の男が一人で住む部屋と老人夫婦が住む部屋がきっと似てるからなんだろう。
共通点はよくわからない。
部屋のタイプは向こうの方がちょっと広いみたいだ。
引っ越してきてから2回目の週末、家に足りないものを買いにホームセンターにふらふらと行くことにした。
小春日和もまだ肌寒い風が時折吹いてくる陽気だったが、三月も後半に入ってくると、すっかり世の中は春めいてくる。
こっちは風を警戒してまだシャカシャカしたタイプのジャージ上下だが、競うようにして世の男女は薄着をしたがる。
「ほら、春っぽいでしょ?」とか「春っぽいね」とか言いたいだけなのだ。
風邪でも引け、ばーか。
ゴトゴトと通り過ぎる広電を横目にホームセンターに歩いていく。
新しい車両なのだろうか、まだちょっとだけ寒そうに春の日差しを浴びてのんびり進んでいく。
昔に比べて音がなくなったせいだろうか、なんだか車体はスッキリしたのに、動きはのんびりになったような気がする。
途中、自動販売機で缶コーヒーでも買うか、と立ち止まったとき、ふと後ろを歩いていた人がぶつかりそうになって「キャっ」と小さく声を出した。
「ん?」と振り返る。
鼻血が吹き出るかと思うぐらいびっくりした。
「あれー?!ヒロちゃんじゃん!」
「おぉ、アカネじゃねーかよ、久しぶりだなぁ」
「大学以来だよね。びっくりしたぁ」
「いやーこっちもびっくりしたよ。4年ぶりくらい?」
「そうだね。何してんのー?こんなところで」
言われてみて、自分の格好を見て恥ずかしくなる。
アカネはすっかり春めいた色のインナーにベージュのスッキリした薄手のコートを着ていた。
大学時代は少しもっさりした感じの格好だった彼女は、少し痩せたせいもあるのか、驚くほど綺麗に見えた。
「いやー、めちゃくちゃご近所に買い物って感じじゃろ?」
と言って笑うと、アカネも4年前と変わらない感じで笑った。
アカネは当時からかわいかったと思う。
おれはほとんどの授業が一緒だったこともあって、学食で二人で一緒に昼飯を食ったりもしていた。
もっさりした格好と、あまり積極的ではない性格だったから、どちらかと言うと影の薄い方だったし、モテる、という感じではなかったが、笑顔はかわいいと評判だった。
もう少しどうにかなればなぁ、というのが当時のおれ達の共通見解だったが、『もう少しどうにかなった』アカネがそこにはいた。
「このあたりに住んどるん?」
「あぁ、すぐそこのパシフィックビュー宇品五丁目ってマンションよ。引っ越してきたばっかりで、それでホームセンターにね」
「えぇ、そうなんじゃ!私たぶん隣のマンションよ。レスパス宇品」
「?!マジで?お隣さんじゃん!」
そんなこんなでおれ達はお互いの電話番号が学生時代と変わっていないことを確認して別れた。
捨てる神あれば拾う神あり。いなくなったお隣さんあれば、やってくるお隣さんあり、かぁ。
じぶんがやってきたくせにそんなことを考えながらおれがニヤニヤして足取り軽くホームセンターでの買い物を済ませたことは言うまでもない。
帰り道に見た広電は、幾分速度を速めて快調に市内に向かっているように見えた。
次の週末、おれは会社の花見があったから土曜日の昼はノコノコと比治山に出かけた。
相変わらずバカな社員の集まった低レベルなイベントで、おれは例年のごとく一番の主役を演じた。
おれの一人三役芸のよる三角関係物語は、この手のイベントでは欠かすことの出来ない出し物だ。
比治山から見る市内の風景はあまり変わっていないような気がする。
盛り上がった花見会場を少し離れて、青葉をつけ始めた木々の間から徐々に日の傾いてきた市内を眺める。
遠くで広電のゴトゴト、という音が聞こえる。
今夜は実家にでも行ってみるかなぁ。
売れ残った果物を目当てに、おれは猿侯橋の実家に行くことにした。
広電に乗れば、今の家より近い。
宴会も終わって、青いビニールシートを今年は後輩に押し付けて比治山の坂を下りる。
「あれ、ヒロさん、宇品五丁目に引っ越したんでしたっけ?」
家が遠くなったから、という理由で押し付けたおれに、広電を乗り継いで40分ほどかかるところに家がある後輩が厭味を言う。
宇品五丁目でも20分くらいだ。
「ヒロちゃん、宇品五丁目ってどこよ?」
同僚がもう何回聞いたか分からない減らず口を叩きながら酒臭い吐息を振りまいてくる。
この人は既に人妻だが、もう少しどころじゃない。もう大分どうにかならないと、どうにもならない感じだ。
ポケットの中で携帯電話がなる。
アカネだった。
先週会って以来、二、三回メールのやり取りはしたが、電話は初めてだ。
「おう、どうした?」
「おう、ディスカウントスーパーに今来てるんだけど、キャベツがひと玉でしか売ってなくてさ。半分要らないかな、と思って」
「・・・」
しばし絶句。そのあとでおれは腹を抱えて笑った。
そうか、お隣さんができる、ってのはそういうことか。
「おう、要る要る。ついでにさ、ホームプレートでお好み焼き作ろうぜ。今夜暇?」
「あーっ!いいねー!ヒロちゃんホームプレートある?」
「あるある。いま街におるんじゃけど、30分くらいで帰るけぇ、マンションの一階に来てよ」
「わかったぁ。じゃあ他の材料も買っていくね」
「おうおう、よろしくー!」
おれは弟に「スマン、今日はムリ」とだけメールを送ると、うるさい後輩と同僚を突き飛ばして広電に飛び乗った。
宇品五丁目にも春が来たのだ。
(この物語はフィクションです)
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