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広島市内を走る路面電車。通称「広電」。 |
ここではその「広電」の駅にちなんだショートストーリーを公開しています。 |
全て作り話の”つもり”ですが、広電に乗ればそんな風景も・・・ |
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広電物語【2】-(10) : 「新春初売り本通り」
何となく、正月は広島で過ごすことにした。実家に帰るという選択肢もあったし、実際、何人かの友達からは帰ってこいよという連絡もあったのだが、休みも短かったし、人が多い中移動するのもなぁ、と思い、せっかくなら広島で年末年始を過ごすことにした。
師走協奏曲のダメージが後を引き、クタクタの我が支店社員は三十日に適当な、実にえぇ加減な納会を済ませ、三十一日から休みに入った。三十一日に半年分の大掃除をしたオレは、一日は寝正月を決め込み、家から一歩も出なかった。思えば、一人で過ごす正月と言うのは生まれて初めてだった。
せっかく正月なんだから、と買い込んだ食べ物に半分も手をつけず、ダラダラとテレビを観て過ごした。これなら実家に帰ってた方が良かったんじゃないか、と内心思いつつ、日が明けて二日、オレは護国神社にフラフラと歩いて初詣に行った。
広島城の傍にある護国神社は市内では最も大きな神社で、オレは初めて行ったのだが、結構な人がいて、オレはビックリした。屋台なんかも出ていて、ちょっとしたお祭り気分だ。もちろん、東京にはこれよりも人が集まる神社はあったが、何となく、オレは人の多さに驚き、お参りもソコソコに市内へと戻ってきた。
ガタゴトと正月から頑張る広電の線路を横切り、立町の交差点を渡る。
日陰では身を切るような寒さも、ポカポカと日が当たれば幾分和らいで、本通りが近づくに連れて、再び人影も増えてきた。
本格的な初売りは三日からになる本通りも、結構な人がいて、チラホラと開いているお店もあった。
アーケードがあるお陰か、寒さもあまり感じさせず、それが故に人が集まり、また一層温かく感じられる。オレはコートの前のボタンを全部明けて、特にアテもなく本通りを歩いた。
正月の本通りは何だか少し景色が違う。フラワーフェスティバルの時も、とうかさんの時も、えびす講の時も表情は違っていたけど、正月の本通りと言うのも、何だかいつもと違う。そう言えば、昼間なのにお店が開いていないのなんて、正月ぐらいのものなのかも知れない。シャッターの降りたお店の前で、高校生らしき六人組が互いに御神籤を見せ合ってはしゃいでる。「オマエ去年も大吉じゃったじゃろ。えぇのぉ」と言われ、「日頃の行いが違うけぇねぇ」とまだら金髪の男が答えていた。
オレは最初広島にやって来た時よりも、随分一人で居ることに慣れていたから、そんな光景を横目に、相変わらずのんびりとパルコの辺りまで歩いた。早速初売りが始まっているパルコの前には結構な量の人がいて、そんな中から見覚えのある顔がノソノソと近づいてきた。
「あれ?支店長?」
「明けましてオメデトウ」
「こちらこそオメデトウございます。本年もどうぞヨロシクお願いします」定型文の挨拶を交わしながら、支店長の後ろを見ると、奥さんと思わしき女性と、中学生ぐらいの女の子が手に取ったばかりの紙袋の中身を物色していた。
「ご家族、ですか?」
「そうそう。娘と、嫁ね。ホンマは受験なんじゃケドね。まぁ、親と買い物に行ってくれるのも、今年が最後じゃろぉけぇ、ね」
「あははは」笑いながら娘さんを見ると、女性版民生が愛嬌のある笑顔をこちらに向けてきた。
「正月は、実家に帰らんかったん?」
「はい。まぁ、広島の正月もせっかくなら、と思いまして」半分本音を答える。
「別に見るようなもんも無いじゃろぅ?宮島、行った?」
「いや、行ってないです。護国神社、行ってきました」
「行かんでえぇよ。人が多いばっかりじゃけぇ。家でのんびりするんがイチバンよ」
娘さんと奥さんが、向こうの方で携帯をいじり出したのを見て、オレは挨拶をしてからその場を離れた。
「また四日に」と言うと、支店長は「今年は短いけぇのぉ。たいぎィのぉ」と笑いながら二人の所に歩いていった。
既に「たいぎィ」の意味を知っていたオレは、そう言えばブンゾーは「たいぎィのぉ」ではなく、「やねこィのぉ」と言うなぁ、と思いながら、頭を下げた。
歩いてきた道をそのまま戻って、本通りの電停に向かう。何だか、このまま家に帰るのもナンなので、広電に乗ってどこかに行ってみるか、と思ったのだ。支店長はあぁ言っていたが、まぁ宮島に行ってみるのも悪くは無い。引っ越してすぐに一度行ってはいたが、正月がどんな感じなのか、見てみたい思いもあった。
電停に着いてしばらくすると、丁度「西広島」行きの電車がやってきた。オレの前に電車に乗った男が、先客のバァさんを見つけて「あらぁ、こりゃあ、こりゃあ、明けましておめでとうございます」と言っている。広島は何だかんだで狭い。特に正月なんかは、街を歩けば誰かに出会うのか、其処彼処で「明けましてオメデトウ」が聞こえてくる。年配なら「こりゃあ、こりゃあ」だし、若者は「どしたんね」となる。みんな、「どこにも行かんかったん?」とか、「はぁ、オセチは飽きたわぃ」とか言いながら、車内に入り込む柔らかい日差しを楽しんでいる。そんな光景は、一人で乗っているオレにも心地よく、ついついオレはうたた寝をしてしまい、起きたら電車は西広島に着いていた。
西広島で電車を乗り換える。ホームには冷たい風が吹いていて、オレは一気に目が覚めた。伸びをして、縮こまった身体を元に戻す。
そういえば、ブンゾーの実家は井口なので、宮島に行く途中になる。クサツさんとヤマネさんは実家に帰るって行ってたっけ。ヤマネさんは奥さんが島根らしく、「毎年雪ばっかりの正月じゃ」と嘆いていた。「カエデは?」と何気なくブンゾーが聞いたら、ムカデが「ハワイ」と答えて、一同が固まった。みんなの頭の中に「?」が飛び跳ねた瞬間だった。
そんな空気を察したのか、どうなのか、ムカデは「親孝行よ」と、少し恥ずかしそうに言っていた。
それにしても、ムカデにハワイなど、あまりにもイメージが湧かなさ過ぎて、オレは思わず、「カエデさんって、一人っ子でしたっけ?」と聞いてしまった。聴いた瞬間、支店長が顔を覆う。
「妹がおるけど。文句あるん?」
「へっ?」
当惑するオレに、五分後の男子便所でこっそりとヤマネさんが教えてくれた。妹さんは去年結婚したそうだ。オレはむしろ、カエデさんがそんなことを気にしていることに驚いた。
今にしてみると、オレも父親と母親を広島に誘ってやれば良かったかもなぁ、と思いながら、音を立ててようやくやってきた広電を見る。三両編成の臨時列車は、少しだけぎこちなく車体を揺らしながら次第にスピードを落とす。
ん?んんんんんっ?
驚いた。広島風に言うならば、「たまげた」。
鮨詰めになって、人が降りてきたからだ。皆一様に、開いた扉から、まるで外の冷たい風を待ち望んでいたかのように、「はぁぁぁ」と言いながら降りてくる。まさに「やねこかったぁ」という顔だ。
マジかよ・・・
気圧されそうになりながらも、まぁこの時間から行く人は少なそうだし、と言い聞かせて折り返しの電車に乗り込む。電車の中には、まだ人の空気が充満していて、オレは何となく東京を思い出した。
しばらく車内放送が繰り返されて、ようやく電車が重たそうに動き出す。
まだもう少し残っていそうな午後の日差しに照らされた車内で、オレはもう一度うたた寝をした
(この物語はフィクションです)
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広電物語【2】 広島駅~広島港(宇品) 宇品線 「広島駅に降り立って」他
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