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広島市内を走る路面電車。通称「広電」。 |
ここではその「広電」の駅にちなんだショートストーリーを公開しています。 |
全て作り話の”つもり”ですが、広電に乗ればそんな風景も・・・ |
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広電物語【2】-(2) : 「ちぃと猿侯橋まで」
「ちぃとエンコーバシまで行ってきてや」
「え?あ、はい」
と、奥田民生似の支店長に言われて思わず、「はい」と言ったは良いが、エンコーバシ?
聞いたことがあるような、無いような・・・
援助交際が盛んな橋なんだろうか・・・
支店長は言うが早いか事務所を飛び出していた。
こっそりする必要もないのだが、何かこっそりしながらグーグルでエンコーバシを検索してみる。
まぁ当然出てこないわな。
地名なんだか、店名何だか、それすらも定かではない。
エンコーバ市。エンコ橋。エンコーバッシ。援交橋。どれも出てこない・・・
まいったな。
つーか、オレ、広島来てまだ一週間だし、地名言われても分かんないんだよ。
大体、「ちぃと」が「ちょっと」の変形だと知ったのも、つい先日のことだ。
仕方なく周りを見渡すと、こんなときに限ってブンゾーしかいない。
ブンゾーは菅原文太と草履を足して二で割ってさらにクシャっと上から潰したような顔をしたオッサンで、社内ではオヤジさん、と呼ばれているが、オレは勝手にブンゾーとあだ名をつけていた。文太と草履でブンゾーである。
驚いたことに、オレも含めて広島支店は営業五人全員が男。その他経理兼庶務兼酒及び弁当注文係一人が三十路爆進中の陰険凶暴姉御肌。オレが一番年下。という異様な陣容だった。お茶くみとゴミ出し、それから宴会支払いの役割は当然、姉御からオレに回ってきた。
中でもブンゾーは最古参だ。人は悪くないんだろうが、何を言ってるか、広島弁がきつくて殆ど分からない。
「あのぉ。ちょっとすみません」
「おぅ、なんじゃぃ」
「エンコーバシって、何ですか?」
「何って、エンコーバシゆぅたら、エンコーバシに決まっとるじゃろ。何ぃゆぅとるん?」
「えぇっと、ちょっと店長に行ってきてって言われたんスけど・・・」
「おぅ、ほんならついでに電球こぉてきてくれんかぃね」
「は?」
「おぉけぇな電器屋があるじゃろぉが。便所の電球が切れとるゆぅてカエデがやかましぃんよ。たのまぁや」
「・・・なるほど」
そう言うが早いか、オレの肩をぽんぽん、と叩いてブンゾーは喫煙所に行ってしまった。
ブンゾーは昔からそうだったのか、年をくってそうなったのか、他人の意図を全く理解しない。
どれだけストレートに挑んでも、会話がかみ合わない。
よくこれで営業ができるもんだ。
カエデ、というのは姉御の本名で、楓よりもムカデの方がイメージに合っていたが、一応、女子便所に入っていたようだ。
ムカデは顔は美人なんだろうし、この会社で唯一の女性で、年もオレを除いては一番下なので、もっと人気があってもよさそうなのだが、如何せん性格がドぎつくて、厄介な不良娘が住み着いたもんだ、といった雰囲気で捉えられている。
電球のサイズを確かめようにも女子便所に入るわけにはいかないしなぁ、と思って男子便所に行ったら、サイズが二種類あるようだった。
仕方ない、どっちも買うか。
てか、エンコーバシってどこよ?
困ったなぁ、と思いながらも案外オレはのん気に手を洗う。
手をピチャピチャ跳ねさせながら、肩で扉を押して外に出ると同時に、何故か隣の女子便所の扉もキィと鳴って、副支店長が出てきた。
「ふ、ふくちょー!何やってんスか!!」
「は?そんなデカイ声だすなゃ。便所に用事ゆぅたら一つしかないじゃろ?あぁ、いや、二つか」
「いや、そうじゃなくて、そこ女子便所っすよ」
「知っとるよ。男子便所の大けぇ方が閉まっとったけぇね」
「いや・・・閉まってたって言っても・・・」
「大丈夫よぉ。お向かいの会社さんは先月倒産しちゃったし、うちに女なんてカエデしかおらんのじゃけぇ」
「はぁ、まぁ、そうですね・・・」
オレは妙に納得して、副長に電球のことを伝えた。すると副長は、
「きれとるん?夜に行かんけぇ分からんわ。はっはっは」
とか何とか言って、部屋に戻っていった。
何が何だか分からんのは、こっちですよ。
全く、広島の人間は「相手が分からないんじゃないか」なんて思想を持ってないんじゃないだろうか。
オコノミ、エキ、ヒロデン、全部そうだ。一つじゃないのに、みんながそれで通じてしまう。
先日、外回り中の副長に電話して、「今どこですか?」と聞いたら、「あぁ今、街におるょ」と言われて絶句した。
まぁ、いいんですけどね。
諦めたよ、諦めた。
オレはスーツを着てから、鞄を持って階段を下りてビルの外に出た。
春の日差しに背伸びを繰り返すのん気な警備員の肩を叩いて、「エンコーバシに行きたいんですけど」と伝えたら、何のことは無い、あっさりと「あぁそれなら広電に乗りんちゃい。おにぃちゃん、広島来たばっかりじゃったっけね。エンコーバシは駅の一つまえじゃけぇね」と、腰をクネクネさせながら答えてくれた。
そうなの?
そういえば先月広島駅から広電に乗ったときに、聞いたような聞かなかったような。
トボトボと広電の電停に行って、路線図を見てようやく合点がいった。
「エンコーバシ=猿侯橋」
なるほど、そこにはうちの卸があって、先日車で挨拶に連れていってもらった場所だ。
電停からどうやってそこまで行くのかは知らないが、まぁ先方の名刺持ってるし、どうにかなるだろ。
あ、電球・・・
そう思ったとき、目の前に広島駅行きの広電がやってきて、オレは思わずそれに乗ってしまった。
(この物語はフィクションです)
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広電物語【2】 広島駅~広島港(宇品) 宇品線 「広島駅に降り立って」他
広電物語【1】 広島駅~広島港(宇品) 皆実線 「広島駅から広電に乗って」他
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