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広島市内を走る路面電車。通称「広電」。 |
ここではその「広電」の駅にちなんだショートストーリーを公開しています。 |
全て作り話の”つもり”ですが、広電に乗ればそんな風景も・・・ |
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広電物語【2】-(7) : 「八丁堀で喧嘩上等」
「じゃけぇ悪かったゆぅとるじゃないか」
「はぁ?あんたァちぃとアホなんと違う?」
「は?どしてや。ちョろっと遅れたぐらいでそォよォに怒んなやぁ」
「上等じゃね。ちョろっとね、これが。どの口がゆぅんね」
広島駅から乗り込んできた二人が言い合うのを頷いたり、小首を傾げたり、迷惑そうにしたり。
お得意先から自社に戻る途中だったオレは、その二人を微笑ましく眺める。
広電の外に出れば秋の長雨。ドンヨリ曇り空。それでもオレは何だか小気味良く二人の言い争いに耳を傾ける。
二人は大学生ぐらいだろうか。まぁ平日に私服でいるぐらいだから、そうだろう。
オレにもきっと、そんな頃があったんだろうな、きっと。
都内の電車内であれば圧倒的に煙たがられるそんな光景も、何故か広電の中で聞くと昼のドラマでも見ているかのような客観性を帯びてくる。それはオレがこの街の人間じゃないからだ、と言うときっとそんなことはなく、周りもイチイチ気にしてはほくそ笑んだり、神妙に聞き入ったり。
関係ないのに出て行くオバちゃんがいないのは、ここが大阪ではなく、広島だからだろう。
言い争いを続けながら八丁堀で降りていく二人。女の子の方がズカズカと降りて行き、男の方が文句とも、釈明ともつかないセリフを繰り返しながら、女の子が作った通り道をついて行く。
これから八丁堀に買い物にでも行くのだろうか?きっと、何か買わされるな、かわいそうに。そう思っていると、オレが熱心に様子を伺っているのを聞いていたのだろうか、隣に座っていたオッサンがこちらに向かって、「どこも女の方が負けん気が強いのぉ」と囁いて苦笑した。
オレもつられて「ですね」と苦笑いする。
電車は扉を閉めて、またガタゴトと動き出す。
周りを見渡すと、みんなその話題をしているのか、先ほどとはうって変わって楽しそうな声が上がっている。
厄介者がいなくなったから、という訳ではないだろう。こう言っちゃァ何だが、他人の喧嘩で、微笑ましく感じることもあるのだ。
男の子は着崩れた(着崩した?)シャツとカーキ色のパンツ。女の子は青いスカートに白いシャツ。上からベストのようなものを着ている。
傍から見ると、しっかりした女の子に、ダメな男の子。でも、実際には女の子の方がワザワザ準備をしてきた雰囲気だ。案外、男の子の方が図太いのかも知れない。でもまた、そんな女の子の”頑張り”がかわいらしくも見える。
粒の小さい雨にズボンを濡らされながら、会社に駆け込む。さっきの喧嘩の後で、足取りが軽い。
ふぅ。今日はもう外回りが無いのが救いだ。
扉を開けてただ今帰りました!と、珍しく元気良く言おうとしたら、帰ったのを見るや否や、ムカデがツカツカやってくる。
あ、不機嫌。そう思った時には、既に遅し。ヘラっと笑ったオレに、強烈なオカエリが突き刺さる。
「あんたァちぃとアホなんと違う?」
「へっ?な、なんででしょう・・・」オレはさっきの男の子ほど図太くは無い。
「桁、ちごぉとるよ」ピラピラと一枚の紙をムカデが目の前に突きつける。
「あ・・・」
「あ?あ?あ、ゆぅた?あんたァ」
「い、いや、言ってません」
「アホかぃね」請求書をオレに押し付けて、ムカデがスタスタ去っていく。
「ちょ、ちょっ!」呼び止めようとしたオレに、支店長が奥田民生似の顔を思いっきりしかめて近づいてきて、耳元で囁く。
「何かね、カエデちゃんがね、先方に『これおかしいんじゃないですかねぇ』ゆぅて電話したんよね。ほしたら先方に、『はぁ?おかしいんはそっちじゃないんですか?』ゆぅて言われたゆぅてね。FAX、送られてきたわけ。これ、ほら、桁、ちごぉとるじゃろ?そりゃ向こうも悪いんよ。確認もせんと、っちゅうか、確認したうえでの確信犯よね。桁ちごぉとるの分かっとって、得なもんじゃけぇね」
そう言って、肩を掴む。あぁ・・・
「スミマセン!ほんっと、スミマセンでした!すぐに向こう行って訂正してもらいます!!」
「いやいやいや、ちょ、ちょっと待って」
直に踵を返したオレを、支店長が呼び止める。
「な、なんでしょう。ほんとスミマセン!」
「い、いや、いいんじゃけどね。キミとヤマネさんに行ってもらうか、オヤジさんに行ってもらうか、ちょっとオヤジさんに聞いてからにしよう、な」
「え、でも、これ、オレのミスですし」確かに、自分では役不足なのかも知れない。相当怒っていることを考えれば、ぺぇぺぇが謝って済むかどうかは怪しい。
「いや、まぁね、そうなんじゃけどね。ほら、オヤジさんの方が、迫力あるじゃない?」
「へっ?」
「今回の件は、下手に出たら、負けじゃけぇね」と、支店長は言ったが、正直オレは今すぐにでも飛んで行って頭を下げたかった。
この問題はオマエじゃ解決できんよ、と言われたようで、それもぺぇぺぇじゃ、と役職のことを言われた訳ではなく、自分の接し方の事を言われたことはショックだった。支店長は言葉には出さなかったが、「広島んモンじゃないしね」と言うのもあっただろう、と思うのは、僻みだろうか。事実、ここの問屋のオバサンは、うちのオヤジさんと同じぐらい広島弁が”キツく”、日常の交渉ですら、ヒートアップしてくると、オレには対処が難しくなる。だけど、そんな理由で自分が外されたとしたら、不甲斐ないにも程がある。方言が喋られないこと、それが不甲斐なく、悔しいことだ、というが、ようやくオレは分かってきた。もっとも、今回は理由が理由(オレの凡ミス)なだけに、どこに居たって同じことだろうが・・・
それよりも、オレはこのことをブンゾーが知ることが、純粋に恐かった。それはブンゾーの怒鳴り声のせいもあるが、何だかんだでオレはブンゾーに認めて欲しいと思ってる。支店長以上に、だ。オレの査定は支店長がするんだろうし、それに対して良い事も悪い事も、とやかく言うような人間ではないのだが、それでもブンゾーにダメな奴とは思われたくなかった。
そんな不甲斐なさを噛み締めながら席に戻ると、ムカデが言った。
「東京モンは、数字も読めんのね」
カッっとなった。一番言われたくない一言だったかも知れない。危うく声を荒げそうだった自分を必死のことで抑える。数字を間違えたのは、自分だ。そう言い聞かせる。カエデさんだって、いつも言葉は悪いが、広島弁が理解できなかったオレをなじる様な真似をする人じゃない。新人じゃねぇんだから、そういうことだ。
しばらく自分を抑えてから、オレはようやく搾り出すように、喉をふるわせるのが、精一杯だった。
「スミマセン、ご迷惑を、かけました」
ムカデは、黙ったままオレを睨みつけただけだった。
ブンゾーが戻ってきて、支店長から説明があって、ムカデが事実を十倍ぐらいに誇張してブンゾーに伝え、無視されるかとも思っていたオレは、見事にブンゾーに引っ叩かれて宙を舞った。
「おどれ、何処に目ェついとんじゃぃ!」と言って引っ叩かれたのは、有り体ではあるが、無視されるよりも全然嬉しくて、でもその迫力は小学校の時の教頭先生以上で、オレは謝るのに精一杯だった。緊張した空気の漂う狭いオフィスで、ヤマネさんは何事も無かったようにマウスをスクロールし続け、クサツさんは相変わらず外出中。
後は、適当なタイミングで支店長が「まぁまぁ、どうにかならんね?」とか何とか言って出てくる。
茶番と言えば茶番なんだが、あまりにも配役がキマり過ぎていて、かえってオレの気は楽になった。少なくともここでは「再発防止策を」なんて言ってくる奴はいない。「あーあ、何を奢ってくれるんかねェ」と、別に何をしてくれた訳でもないのにムカデがデカイ独り言を放つ。
オレは恐る恐る、ブンゾーに向かって、「一緒に謝りに行かせてください」と言った。ブンゾーは睨んだだけで、何も言わない。オレはブンゾーと支店長を交互に見る。ブンゾーは、案外、支店長の指示を待っているらしかった。
「今回はね、オヤジさんだけで行ってもろぉて。また、後日ね。謝りに行っといてよ」というのが、支店長の結論だった。
『後日』と言うのが、どうしても嫌で、ブンゾーがコトを終わらせ、問屋のオバサンから、明日、差額を入金すると言う電話が、ムカデ曰く”苦虫を噛み潰した様な”声でかかってきたのを見計らって、スーツを着て、バックを手に持つ。
支店長の方をチラッと見たが、見てみぬフリをしている。隣でどっかりと椅子に座ったまま睨み上げてくるムカデに、帰ってきたばかりのクサツさんがお土産の二十世紀梨を渡す。
「何で、一つだけ?」という不機嫌な声を背中で聞きながら、オレはオフィスを出た。
再び広電に乗る。いざ、出発すると、不安と、反省と。すっかり夕暮れの早くなった空の下を、帰宅する人・第一陣を乗せた広電が、ガタゴト、ガタゴト。
何て謝ろうかなぁ、とアレコレ考えていると、いつの間にか電車が八丁堀に差し掛かる。
「・・・へっ?」
思わず声を上げたオレの目の前で、朝見た二人が乗ってくる。
「ほぃじゃけぇあっちの方がエェってゆったじゃん」
「はぁ?あんただってエェよ、ってゆぅたじゃんか!てゆぅか、名前も覚えとらん映画薦めんさんなや!」
「どぉしてそんなイチイチ怒るんやぁ」
「喧嘩上等よぉね!」
そう言って、女の子は、その細い腕をダボっとしたシャツに包まれた男の子の腹に突き刺した。反対の手には、しっかり有名ブランドの紙袋を握って。
(この物語はフィクションです)
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