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広島市内を走る路面電車。通称「広電」。 |
ここではその「広電」の駅にちなんだショートストーリーを公開しています。 |
全て作り話の”つもり”ですが、広電に乗ればそんな風景も・・・ |
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広電物語 : 「南区役所訪問」
今日はヒロスギにとって2回目の社会科見学の日だ。
今回は南区役所訪問。
3年1組という大きなパネルを先生が掲げる。
「そろそろ南区役所前です。皆さん降りる準備をしてくださいね」
広電の中ででかい声だすなよ。恥ずかしいだろ。
母親と同じくらいの年の先生を睨むが、向こうは気になどしていない。
電車が、チン、と頼りない汽笛を一度鳴らして減速する。
ヒロスギの家は南区役所の裏側にある。
そこから一旦学校に行き、学校から広電で3駅ほど戻って、再び南区役所前に戻ってきた。
まるで意味不明だが、社会科見学なんてそんなもんだ。
3年生にもなれば大人のルールってやつがある程度わかるってもんだ。
先生が全員分の運賃をまとめて払う。
ある生徒はキャーとか、ワーとか言いながら電車を降りる。
電停から外に出ないように、つまり車道にはみ出さないように先生が必死に生徒をなだめる。
ガキどもめ。大人しくしてろよ。
そう思いながらヒロスギは最後の方で電車を降りる。
電車を降りるときは、運転手さんに「ありがとうございました」。
大声でなんて言わない。
うつむき加減に。
それが大人ってもんだ。
あぁくそ暑い。
7月だぞ。夏休みは目の前だぞ。
何もこんな時に区役所なんて行かなくても、別のときに行けよ。
わかってんのかわかってないのか、パネルを掲げて先生が横断歩道を渡っていく。
「信号が変わらないうちに、あ、走らないの!」
走られたくなかったら、こんな時期に区役所なんて訪問するなよ。
小声で悪態をついていると、ナツミが話しかけてきた。
「区役所なんて行ってどうするんかね?別に区役所職員にあこがれてる人なんておらんじゃろ」
「さぁ他に行くところがなかったんじゃね?」
めんどくさそうに応えるのが、大人の男だ。
とは言ってみたものの、区役所って何するところだ?
そういえば、行ったことがない。
痩せこけた30代くらいの男か、妙に歩くのが早いオバサンがいっぱい出勤しているのは知っている。
ちょうど家から出て、小学校に行くのと逆のルートでみんなが出勤してくるからだ。
彼らがこの薄汚れた面白みのない建物で一体何をしているのか、興味はないが知りもしなかった。
「それにしても暑いな」
「ねー。あたし暑いのダメなんだよね」
名前に似合わず夏が苦手なナツミがスカートをパタパタさせる。
そんなときは目をそらしてやるのが、ルールだろ。
反対側を見ると、国道2号線をひっきりなしにトラックが駆け抜けていく。
このくそ暑い中、どこから来て、どこに向かっていくんだろうか。
お前には夏休みがあっていいなぁ、とこの前親父が言っていた。
なんで大人には夏休みがないのだろう。
あのアホな先生にも夏休みはないのかな。
広電の運転手は?
南区役所に行くと、ひょろ長いキュウリの上にナスがついたようなオッサンが出迎えに来た。
「はい、みんなで挨拶をしましょうねー」
「こんにちわぁ!」
アホくさ。
ワンテンポ遅れて、超小声で「コンニチワ」。
案の定、区役所はまったく面白くないところだった。
仕事内容の説明を受けたが、なんだったかまったく覚えていない。
「こうして地域住民の皆さんを助けるのが」
「皆さんのためにぼくたちはこんなことを」
そんなことを20回は聞いたが、何が自分のためになっているのか、さっぱりわからん。
区民プールの管理?
そんなことやってる暇があったら、この会議室のクーラーを強くしてくれ。
こんな部屋にガキが30人も集まったら暑いに決まってるだろ。
大人なんだからそれくらい分かれよ。
感謝だかなんだかの挨拶をして区役所を出る。
これから帰りは歩いて学校まで戻って、大きな紙に何かをまとめるらしい。
最悪のチーム別けにウンザリしながら、午後の暑い太陽の下を歩く。
暑い暑い、と一人の生徒が言うと、「夏は暑いもんですよ。子供は暑くても・・」と、聞きたくもない返しを元気いっぱいの笑顔でする先生。
横ではナツミが「お腹痛くなろっかなぁー」。
どっちが大人か分からん。
家の前を素通りして再び学校に向かう。
比治山を右手に見ながら、ふと、通り過ぎる広電に目をやる。
ここに来るときにぼくたちを乗せてきた運転手が、乗ってきた方向とは逆方向に向かって行くところだった。
こいつはくそ暑いでも毎日行ったり来たりしてるんだろうなぁ。
大人になったら何が楽しいんかね?
そんな質問しないのが大人のルールだ。
最近、比治山に来る人が増えたんだそうだ。
雑誌で紹介されてから、よーけ人が行きよるみたいよ、とおかんが言っていた。
暇そうなカップルが比治山への坂道を登り始める。
よーやるわ。てかお前ら仕事は?
身体からひっきりなしに汗が吹き出てくる。
学校まであと少し。
夏休みまでもあと少し。
車を止めて、外に出て汗を拭きながらタバコを吸っているスーツ姿の人。
広電の電停で、大きなカバンを抱えて信号を待つオジサン。
列の先頭で、暑苦しい笑顔を振りまく先生。
行ったり来たりの広電。
悪態をつきながらクラクションを鳴らすタクシーの運転手。
今頃昼食にありついただろう区役所のキュウリナス。
今日もスーツを着て出かけていったうちの親父。
暇そうなカップル。
すれ違ったオバサン。
全ての大人に言ってやりたい。
8月は夏休み。それが子供のルールだ。いいだろぅ。
ひとりごちてニヤついてるのをナツミに見られた。
思わずハッっとした顔をしたら、片目を閉じて返してきやがった。
大人だなぁ。
(この物語はフィクションです)
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