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広電物語(13) : 「はじめまして!」

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広島市内を走る路面電車。通称「広電」。
ここではその「広電」の駅にちなんだショートストーリーを公開しています。
全て作り話の”つもり”ですが、広電に乗ればそんな風景も・・・
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■広電路線図■

Rosenzu

 

広電物語【2】-(13) : 「はじめまして!」


   「と、言うことで、こちら新人のナガタさんじゃけぇ、みんなよろしく」
   「はじめまして!ナガタエイミです。よろしくお願いします!」
   「エイミってアホっぽい名前じゃね」
   隣を見ると、既にカエデさんが小言を言っていた。周りに誰もいないので、どうやらオレに言っていたらしい。
   「アホっぽいとか言っちゃダメっすよ」と囁くと、「あれが賢そうな顔に見えるゆぅんね」と言われた。
   確かにナガタは、おっとりと言うか、ぬけてると言うか、まぁお世辞にも賢そうではない顔だった。
   「だからって言って、ダメですよ。アホとか言っちゃあ」
   支店長の挨拶が終わるなり、クサツさんが、さっそくあれこれと説明役を買って出ていた。
   「まったくみんな若けりゃえぇんじゃろ」とはカエデさん曰くだが、まぁ正直、毒気も込みでキツメ仕様のムカデと比べると、間逆ではある。どちらかと言うと、ヤマネさんとタイプが似ているかもなぁ、とか思っていたら、支店長がやってきて、「オマエが一番年が近いんじゃけぇ、仕事とか教えちゃってや」と言って肩を叩かれた。
   「カエデもほら、女子トイレとか、ワシらじゃ教えにくいのもあるじゃろぅ?」と言った支店長に、「小学生じゃないんじゃけぇ、便所ぐらい一人で行けるわぃね!」と最後までムカデは不機嫌だった。
  
   昼休みを前に、ブンゾーことオヤジさんと外回りに出かけた。もちろん、昼メシも込みである。
   この季節の広島は街並みや街路樹がきれいで、外回りも楽しかった。ちょっと客先に出かけていって昼メシ込みで周ってくるのを覚えたのは最近のことで、一年経ったころからブンゾーが連れて行ってくれるようになったからだった。
   「オヤジさん、今日は何します?」
   「オマエなぁ、客先行く前から何しますは無いじゃろ」
   「すみません・・・」
   「今日はトンカツかのぉ」と言いながら、ブンゾーも外の日差しを気持ち良さそうに仰いだ。
  
   正直言って、新人の子が女の子で良かったなぁ、と思う。
   それは別に下心があって、と言うわけじゃなくて、男だと何かと比べたりすることもあるだろうし、また広島の男だったりすると、そいつが「広島生まれ」であることに嫉妬してしまう自分がいることが分かっていた。他人が比べてこなくても、自分自身が比べて落ち込んでしまうのだ。
   その点、女の子なら比較することも少ないだろう。まぁ、その代わりにカエデさんがやったらと不機嫌なのは予想外だったが。
   「てか、ナガタさんって出身、広島でしたっけ?」とブンゾーに聞いたら、大して興味も無いようで、「知らんのぉ」と答えて隠居したジジィの様な穏やかな眼差しで風に吹かれる平和大通の木々を眺めていた。
   「この季節は、街が綺麗ですね」
   「ほぉじゃろ。広島はフラワーやって、とうかさんも来るけぇの。飲料もよけぇ売れるし。えぇ時期よ」
   飲料ってのは、人が外に出れば出るほど売れる。みんなが家の中にいる寒い時期は、缶コーヒーを主力にしているメーカーはともかく、うちの様な清涼飲料主体のメーカーには辛い。それに比べて、春から梅雨までは、花見だイベントだ、と人が外に出て、結構飲み物を買ってくれる。暑いだけの夏より、商品によってはこの時期の方が売れ行きが良かったりもするのだ。
   オレはブンゾーと並んで平和大通を歩きながら、一年経って随分とこの街に慣れたなぁと感じていた。去年の今頃には、木々が風に吹かれる音とか、全く聞いている余裕が無かった。ブンゾーに怒鳴られる回数も減ったし、支店長曰く、むしろブンゾーがこれまでで最もかわいがっている若手なんだそうだ。これまでの若手の行く末がオレは気になったが、それは黙っておくことにした。
   「あそこに趣味の悪いビルがたっとるじゃろ?」とブンゾーが指差したのでそっちを見ると、確かに趣味の悪いガラス張りのビルが建っていた。
   「あそこは昔古本屋だったんよ。カセットを売っとってから、ワシがまだ新入社員の頃、会社帰りに立ち寄ったりしとったよ」
   ブンゾーが新入社員の頃、と言うのが想像ができなくて笑ったら、ブンゾーは「オマエ今、カセットが古いゆぅて笑ろぉの!」と言って的外れに怒鳴った。オレは何だかおかしくて、もう一回笑った。
   しばらく歩いて客先に着いたときブンゾーは、足を止めて「やっぱり今日は鳥がえぇわぃ」と言った。

Hiroden

   「あのさぁ、ナガタさんを区役所に連れてってやってもらえん?」
   「え?区役所ですか?」
   昼メシを食って戻ると、いきなり支店長に民生顔で呼び止められた。
   「そうそう。転入手続きゆぅん?あれをせにゃいけんじゃろ?」
   「はぁ。ボクも去年やりましたけど」
   「カエデはそれぐらい一人で行けるゆぅし、ワシじゃ役に立たんし」
   役に立たない、と言われてオレは返答に困った。その通りだろう、と思ったからだ。曖昧にうなずいたのが同意と取られたのか、支店長は「じゃ、よろしくの」と言って戻っていってしまった。
   確かにムカデじゃないが、区役所ぐらい一人で行けないのかよ、と思って見ると、ナガタは珍しそうに窓の外を見ていた。まるで見学に来た小学生の様だ。あいにくクサツさんもヤマネさんも出払っている。まさかブンゾーに頼むわけにはいかず、仕方なくオレはナガタの所に言って、「あのぉ、区役所行きたいんでしょ?」とムカデの睨みを一閃に浴びせられながら、静々と尋ねた。
   ナガタが「あ、はい!区役所に行きたいです!」と答える。
   そう言えばナガタは広島出身じゃないってことか。後ろで「アホじゃないんね」ムカデが言っているのが聞こえたが、オレは少し興味も湧いたので連れて行くことにした。
   「じゃ、ハンコとか必要なもん持ったね」と念を押してからビルを出る。
   「はい!もしかして路面電車で行くんですか?」
   会社のある袋町から区役所のある市役所前までは歩いても行ける距離だったが、「乗りたいの?」と聞いたら「はい!」と答えたので、オレ達は広電の電停へ、歩道を半分渡って行った。ムカデが見たら、さぞや悪態をつくことだろう。
   「ナガタさんは広島出身じゃないの?」
   「私、佐賀出身なんです!先輩も、広島じゃないですよね?」
   「あぁ、オレは東京」と答えたが、どうやらそれにはあまり関心が無かったようで、本通りから音を立ててやってきた広電を見てキャッキャはしゃいでいた。本当に小学生かよ・・・と思いながら、「電車賃は降りるときにね」と教えてやる。オレは最初広島に来たときにどうしてもそれに慣れなかったのだが、東京以外ではそれは普通のことなのか、ナガタはむしろオレの注意に首をかしげながら、「整理券はなかですか?」と探した。
   「整理券は無いの。市内はどこまで乗っても150円」
   本当は白島線とか違うのもあるが、めんどくさいので割愛した。なかですか?と言うのが微妙に佐賀を感じさせて、何だかかわいかった。
   「初めて広島にきたの?」
   「はい!大学も福岡でしたし、面接も研修も福岡でしたから」
   「あぁそうなんだ」
   そういえばオレは佐賀にも福岡にも行ったことが無かった。
   「広島から福岡ってどれぐらいかかるの?」と聞いたら、「新幹線で一時間ぐらいですよ」と言われたので、今度行ってみようか、と思う。広島に来て以来、行った場所と言えば山口だけだった。東京にいる頃には箱根とか、九十九里とか、結構遠出することが自然だったのに、車が無いと動きづらいせいもあって、どうもこの一年出不精だ。
  
   ナガタは区役所の申請書類を三枚無駄にしながらも、どうにか転入手続きを済ませ、住民票も手に入れた。
   ついつい馬鹿にしがちだが、オレも一年前、大学から一人暮らししている友人に電話をかけながら、ようやくのことで済ませた手続きだった。
   「帰りは歩いて帰ろうか」と言うと、素直に「はい!」と答えた。悪い子では、無いんだろうけどなぁ。オレは何となくムカデが嫌いなタイプなのが分かるような気がした。
   歩いて戻りながら、「これが中国電力で、この通りが平和大通。それからこっちに行くと平和公園があって、あそこに見えるのは白神社。このクラウンプラザってのは元々ANAホテルで、真っ直ぐ行けば繁華街の本通りや紙屋町だよ」とオレは説明し、その度にナガタはフンフン頷き、「はい!」と答えた。
   何だかこの街を説明しているのは気恥ずかしくもあったが、ナガタは特に違和感を感じては無いようだった。
   オレは不意に気になって、「東京って行ったことある?」と尋ねた。
   ナガタは珍しく歯切れ悪そうに頷いて、「昔、ちょっとだけ」と答えた。
   オレは「ちょっとだけ」と言う返答に引っかかったものの、それ以上は突っ込まなかった。
  
   お昼に食べた焼き鳥丼がどうも口に残っていたので、お土産にコンビニでアイスクリームを買って戻ると、不機嫌だった筈のムカデが一番に取りに来て、「なんねぇ」と睨んでオレが自分用にと思って買った抹茶アイスをさっさと取って行ってしまった。
   仕方なくストロベリーを取ると、ナガタが「ありがとうございました」と言って、スプーンを渡してくれた。
   「若い子がおるゆぅんも悪くないのぉ」とムカデに聞こえないように目を細めたオヤジさんに、オレが深く同意したのは言うまでも無い。

 

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(この物語はフィクションです)

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 広電物語【2】 広島駅~広島港(宇品) 宇品線 「広島駅に降り立って」他

 広電物語【1】 広島駅~広島港(宇品) 皆実線 「広島駅から広電に乗って」他

 

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▼広島電鉄(私鉄の車両3)▼

Hiroden2

投稿情報: 18:19 カテゴリー: 広島の作り話 | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)

広電物語(12) : 「中電前からお花見に」

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広島市内を走る路面電車。通称「広電」。
ここではその「広電」の駅にちなんだショートストーリーを公開しています。
全て作り話の”つもり”ですが、広電に乗ればそんな風景も・・・
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■広電路線図■

Rosenzu

 

広電物語【2】-(12) : 「中電前からお花見に」


   三月も終わりに差し掛かったある土曜日、オレは少しだけ早起きをして、慣れないオニギリを作った。
   水曜日の事だ。クサツさんが突然、「なぁ、若手だけで花見でもしようや」と言った。
   週末の天気は晴れの予報で、その日はちょっぴり春めいた、陽気な気候の日だった。
   ヤマネさんが「まぁえぇよ」と言い、渋ったカエデさんは、オレが昼飯を奢って、どうにか来てくれることになった。クサツさんの魂胆がどの辺りにあるのか、分かるようで分からなかったが、ともあれ、若手とは到底言いがたい三十路メンバー+オレ、で、花見に行く事になったのだ。
  
   オニギリを支度し終え、窓を開けてみる。
   うぅぅ、寒い。
   どんよりと曇った空からは、冬を思い出したような風が吹き込んできた。
   おぃおぃ、本当に花見なんてすんのかよ。
  
   半信半疑でシャワーを浴びて、適当に支度をする。そういえば私服で会社の人に会うなんてことはこの一年無かったので、オレはしばし迷ったが、面倒だったので、ジーパンに薄手のニットを着て、アーミーコートを羽織ってみた。
   ジーパンがボロイせいか、アーミーコートに皺が寄りすぎているせいか、花見、と言うよりはハローワークにでも出かけそうな格好になったが、タンスを見渡した後、観念してそのまま家を出た。
   家の前の電停にちょうどやってきた広電に乗る。
   待ち合わせの平和大通まで、本来なら三駅なので歩いて歩けない事は無いのだが、如何せん、寒い。ちょっと早く着いてしまうが、手に持ったオニギリもそれなりに重たかったし、まぁ、いいだろう。それにしても野郎の作ったオニギリを寒空の下で野郎が食う、ってのは、何とも言えずシュールだな。と想像して一人ニヤニヤしていると、「オッス」とクサツさんに声をかけられた。
   「あぁ、どうも、おはようございます」
   時刻は十二時ちょっと前だ。おはようございます、にはギリギリだったが。
   「おはよ。寒いのぉ。天気予報はどうなっとるんじゃ」
   「あはは。桜なんて咲いてなさそうですね」と言うと、クサツさんは渋い顔をした。果たしてムカデは来るんだろうか、とでも思案しているのだろう。実にもっともな懸念ではある。
   「オマエ、この辺に住んどったっけ?」
   「はい。さっきの電停の前のマンションです。クサツさん、宇品でしたっけ」
   「そうよ。倒産した不動産屋のマンションじゃけぇ」
   「・・・・・・」
  
   電車がゆっくりと中電前に着き、プシューと扉が開く。
   冷たい風が吹く電停にオレ達を下ろして、電車はそさくさと平和大通を渡っていった。
   待ち合わせの場所までトボトボと歩いていく。始まる前から盛り上がりそうに無い花見にオレは苦笑した。
   クサツさんの持っていた重そうなビールを引き継ぎながら、「そういえば、クサツさんは何作ってきたんスか?」と聞いた。
   「ん?サンドウィッチよ」
   「え?ヤマネさん、ヤキソバ作ってくるって言ってましたよ」
   「え?そうなん?」
   「はい。見事に全部全部炭水化物ですね・・・」
   十分ほど早く待ち合わせ場所に着いてみると、ヤマネさんは周囲を大量のハトに囲まれていた。
   どうやら情けでパンの切れ端をやったところ、恩を仇で返されたらしかった。オレ達はハトの邪魔をしないように、ヤマネさんから十メートルほど距離を開けて、ムカデの到着を待った。

Hiroden

   結局、待ち合わせ時間から送れること三十分、イキナリ不機嫌なムカデがやってきた。
   「寒すぎるんじゃないんね」と凄むムカデを必死になだめる。オレはスーツ姿のムカデしか見た事がなったが、私服のムカデはファーのついた白いダウンをもっさりと羽織り、まるでヤンキーがそのまま三十歳になったみたいだった。
   相変わらずの曇り空を、元安川に向かって歩く。川沿いは益々寒かったが、驚いた事に数組がほとんど咲いていない桜の木の下で、既に宴会を始めていた。
   「へぇぇ、すごいですね」と驚くと、ヤマネさんが、「まぁ、春じゃけぇね」とよく分からないことを言った。
   広げたビニールシートの上に、とりあえず座る。
   クサツさんがビールを配り、ひとまず、乾杯。
   おもむろにムカデが広げた弁当に、みんなが驚いた。
   「へっ?何スか?これ・・・」
   「から揚げに、焼き鳥に、こっちのは、バンバンジーか・・・」
   「家、鳥屋さんじゃったっけ?」
   「あんたらどうせ炭水化物だけじゃろ?そう思ってオカズにしてあげたんでしょうが」と言って、ムカデはから揚げとつまんだ。それに習って、オレ達もから揚げをつまむ。
   普通に美味かった。
   「てか、料理なんてするカエデに驚きじゃ」
   「文句あるんなら食べんでえぇですよ」
   「いや、美味しいですよ」と言って、オレはバンバンジーをつまんだ。ムカデは少し恥ずかしそうにヤキソバをズルズル食いながらビールを空けた。オニギリは皿の上に転がされ、サンドウィッチにいたっては取る前に却下された。
   時折吹く風が冬の寒さを思い出させるが、午後になると薄日が差してきて、ちょっとだけ暖かくなってきた。
   ヤマネさんは花粉症らしく、「春はツライわ」と言って、涙目になっている。ムカデはあっという間にビールを三缶空けて、仕方が無いからオレが追加の買出しに行く羽目になった。
   元安川沿いを歩いてコンビニに向かう。対岸には平和公園、背中には安芸の子富士。広島に来て、もう時期、一年が経つ。何だか早かったり、やけに時間が経つのが遅かったり、こっちに着てから時間の周期が一定じゃない。とりあえずは、オニギリを作れるようになっただけでも、格段の成長だろう。
   自社製品をしっかり確認してから、ビールを買ってコンビニを出る。
   誰かが橋のたもとで歌っていて、屋台のヤキソバ屋の前に数人の人が集まっていて、来た時よりも花見客も増えていた。
   去年来た時には、まさか一年後に自分が花見なんてしてるとは思いも寄らなかった。そして、この一年で確実に苦笑する回数が増えたな。
   我がビニールシートに戻ると、クサツさんが何故かヤマネさんの靴の匂いを嗅いで悶絶していた。
   「あのぉ・・・何があったんで?」
   「カエデに賭けで負けた・・・」
   「そ、そうっすか・・・」
   「勝ったらどうする気だったん?」ヤマネさん、無垢な瞳で敗者をそれ以上傷つけないでやってくれるか。
   のた打ち回るクサツさんを蹴飛ばして、ケタケタ笑いながらムカデはオレが買ってきた発泡酒のプルタブを開けた。
   「あぁ、こっちだったら普通のビールですよ」と言うと、ムカデは睨みながら「早よぉ言いんさいや。使えんねぇ」と言って、飲みかけの発泡酒を渡し、オレの手からビールを奪い取った。クサツさんが物欲しそうな顔をしていたが、さすがに気が引けたので、オレは別のビールをクサツさんに渡した。
  
   その後も、酔っ払ったムカデの傍若無人ぶりにクサツさんは哀れなほど振り回され、ヤマネさんは我関せずでハトと戯れ、オレは溜め息をつきながらも、それなりに楽しくみんなの世話をした。
   「あれ、あんた来てどれぐらい経ったっけ?」とロレツも怪しくなってきたムカデがオレの頭を人差し指でこつきながら聞いてくる。
   ムカデにビール二缶一気をさせられたクサツさんは、「二缶で終わりね」と悪態をつかれて、既に寝息を立てている。
   「ちょうど一年ですね」と足元に置かれたビールが蹴飛ばされないよう、動かしながら答えるオレ。
   ふと、ヤマネさんが振り向いて言った。
   「あれ、そういえば来週から新人が入るんじゃろ?」
   「へっ?」「マジで?!」
   オレは、初めて知った。どうやらムカデもそうらしかった。
   ムクっと起きたクサツさんが、一度だけ大きく頷いて、また倒れた。

 

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(この物語はフィクションです)

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 広電物語【2】 広島駅~広島港(宇品) 宇品線 「広島駅に降り立って」他

 広電物語【1】 広島駅~広島港(宇品) 皆実線 「広島駅から広電に乗って」他

 

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▼広島電鉄(私鉄の車両3)▼

Hiroden2

投稿情報: 15:11 カテゴリー: 広島の作り話 | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)

広電物語(11) : 「袋町におります」

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広島市内を走る路面電車。通称「広電」。
ここではその「広電」の駅にちなんだショートストーリーを公開しています。
全て作り話の”つもり”ですが、広電に乗ればそんな風景も・・・
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■広電路線図■

Rosenzu

 

広電物語【2】-(11) : 「袋町におります」


   「はぁ?お父さんとお母さん来とるのに、なにノコノコ会社に来とるん?」
   いつに無いカエデさんの大きな声で社内がしぃんとなる。
   「ご両親来とられるん?」ヤマネさんが手を止めてこっちを振り返る。
   「はぁ、なんかボクがいるうちに、って観光で今日から来てるみたいです」
   オレは余計なことを言ったと後悔した。今日は文字通り『酒樽を抱えて歩いとる』と言われている中卸業者の社長の接待が予定されていて、「今日は地べた転がって帰らんといけんねぇ」と意地が悪そうに言うムカデの嫌がらせに、思わず漏らしてしまったのだ。
   「まぁもういい年なんで、関係ないっす」
   必死に火消しに走る。父と母はザ・普通の夫婦といった感じだが、やっぱりこの年になって両親が来てます、と言うのは何だか恥ずかしい。それに狭い広島だ、ウロウロほっつき歩いてたらどこかで出会ってもおかしくない。何となく、ここは自分だけの世界、という気がして、両親を会社の人に見られるのも、その逆も嫌だった。
   生まれてこの方、旅行以外で東京を出たことの無い両親にとって、一人息子が広島に赴任になる、という状況は、ちょっとワクワクするような新風だったみたいで、オレが家を出て一人暮らしをする、と言った時とは違って、赴任が決まったことを伝えた瞬間から、二人は遊びに行くと言って聞かなかった。何だかんだと言い訳をつけて拒んできたのだが、一人で過ごした正月の一時の感情に乗っかる形で、二人がやってきた訳だ。
   「おとぉちゃんとおかぁちゃん来とるんなら有給とってえぇんじゃけぇの」
   まるで二人が来てないと有給はとってはいけないもであるかのように民生が言う。
   結局ブンゾーまでが「働くバカがおるか、親不孝もん!」とどついてきて、オレは今夜の接待を免除され、明日一日有給をもらうことになった。
   この年で両親のために有給をとるというのも恥ずかしかったが、意地を張ってそれを必死に拒否する、というのも恥ずかしかったからだ。
   しわ寄せを食ったのはもちろんクサツさんである。
   部屋からそぉっと出て行こうとしていたのをムカデに捕まって、ブンゾーと共に今夜の接待が決まった。
   「ほんっとすみません。いつかお詫びに変わります」
   「まぁえぇんよ、うん、えぇんよ」
   リアルに凹みながらもムカデに睨まれて渋々受け入れてくれたようだ。
   なぜか、ブンゾーもカエデさんも満足げで、支店長もヤマネさんもやれやれと言った表情で仕事に戻っていった。
  
   「この年になって両親の接待ってのも、何だか恥ずかしくって」
   みんなが仕事に戻ったのを見て、隣の席のカエデさんに一人ごちる。みんなにバラされたことに対するささやかな抗議も含んで言ったつもりだったが、全く違うツボを押してしまったようで、「文句あるんね?」と言われてしまった。
   「そっか、カエデさんもハワイ行ってましたよね」
   ツボが分からず、火に油を注ぐ。
   「元安川に沈められたいんね?」
   今度はこっちの消火活動に追われる。どうやら冬の広島は火事がおきやすいらしい。それでもオレはもうこういったムカデの態度には慣れきっていたから、結構平然と会話を進める。
   「ご両親、広島に来たことあるんすか?」
   「うちの田舎バカにしとるんね?」
   「いや、そういう訳じゃなくて、どこ連れてったらいいものかなぁ、と。平和公園は今日行ってるみたいなんですけど」
   「知らんよ。宮島とかじゃない?」
   「あぁそう言えば宮島も行きたいって言ってたな」
   「それぐらいしか行く所なんか無いじゃろ」というムカデに、再びクルっと振り返ったヤマネさんが「尾道や呉もえぇよ。寒いけどね」と言ってくる。
   「カメがおるんですか?」
   「アホ?尾道ゆぅたら時をかける少女じゃろうが」少女という言葉が全く似合わないムカデが主張する。
   「てか、今オマエ『おる』ゆうた?」
   「え?」
   「ゆぅたね。カメがおるって。エセ広島人が」
   「え・・・」

Hiroden

   「えぇっと、今会社が終わったんで袋町におります」
   仕事が終わって、両親に電話したら、二人は一旦ホテルに戻っていて、丁度晩御飯を食べに出かけようとしていた所だった。
   「おりますって言うのは広島弁?」と母親が言う。何故か心なしか嬉しそうだ。
   「いや、おりますってのは多分東京でも使うかと・・・とりあえずホテルのロビーに行くよ。ここからなら五分ぐらいだし」
   「大丈夫よ。せっかくならお父さんも息子の職場も見てみたいだろうし」
   「は?何言ってんの?」
   「外からよ。外から見るぐらいいいでしょ?」
   オレは諦めて、一旦ホテルのロビーに迎えに行ってから会社の入っているビルを見せて、晩御飯を食べに行くことにした。こんな所、誰にも見られなくてよかった。オレはワザワザこの寒い中、一階まで降りて、ビルの外で電話をしていた。
   会社のある三階までエレベーターで戻る。チーンと音が鳴って扉が開くと、ブンゾーとクサツさんがいた。扉の所に立ったまま敬礼をして「よろしくお願いします!」と言う。それに乗ってくれたクサツさんが「行ってまいります!」と敬礼してくれたのを、ブンゾーが「はよぉ乗れ、一兵卒」とエレベーターの中に押し込む。
   オレは何だか二人の気遣いが嬉しくて、感謝しながら席に戻って鞄を取る。
   「じゃぁすんません、あがらせてもらいます」
   「おぉ、おとぉちゃんとおかぁちゃんによろしゅうな」民生がニコニコしながら手を振る。
   当然の事ながら、ムカデはとっくに退社していて、出際に何かを言うかなぁと思っていたら、特に何も言わずに出て行ってしまった。
   「明日も天気はえぇみたいよ」とヤマネさんに言われながら部屋を出る。
   しっかしいつもこれぐらいみんな優しいといいんだけどなぁ、と苦笑しながらオレはホテルに向かった。
  
   「あらぁ、久しぶり。忙しいの?痩せたんじゃない?」
   五十も過ぎた自分の親に言われても嬉しくもないものである。
   「そんなことねぇよ。別に忙しくもねぇし」急に子供じみた喋り方になっていることに気がついて、オレは二人をせかしてロビーを出た。
   「広島って言っても寒いのねぇ」
   「広島をどこだと思ってんだよ。東京と別に変わんねぇよ」
   「会社は、ここから近いのか?」久々に息子に会って初めて言うセリフがこれ、と言うのは実に父親らしい。
   「あぁ、そこの電車通り、ほら、『ひろでん』って路面電車が走ってるっつったろ?その袋町って電停の傍なんだ」
   オレ達は平和大通と、ひろでんの走る鯉城通りとの交差点を曲がって袋町の電停のある方に向かう。母親は知らない街に来たのがそんなに嬉しいんだか、さっきから「あぁ広島って言っても街よねぇ」とか、「やっぱり東京とは違うわよねぇ」とか、微妙に失礼なセリフを繰り返している。
   そのたびに、何故かオレは「当たり前だろ」とか、「バカにしてんのか?」とか、広島側に立ってこの街を擁護していて、それを見て父親は笑っていた。
   「ほら、そこのちょっと路地に入ったところ、茶色いビルあんだろ?あそこの三階」
   電車通りから十メートル余り、表の立派なビルの横に、恥ずかしそうに並んでいる薄茶けたビルの三階を指差す。部屋の電気はまだついていて、きっと支店長とヤマネさんがまだ残っているんだろうな、と思った。何故だか、あの二人になら見られても恥ずかしくない。
   「へぇ、こんな所でねぇ」と母親が言う。どうもバカにされているようで腑に落ちないが、そんなこと気にもせず、母親はバックからデジタルカメラを取り出して写真に収めていた。「ちょっとビルの前に立ってよ」と言うのを必死に拒み、代わりに父親を立たせて写真に収めてから、晩飯を食いに行く。
  
   「たまには地方都市に暮らすってのもいいだろう」
   信号待ちをしていると、地方都市暮らしなんてしたことも無い父親が不意に言った。目の前を窓から灯りをもらしながら広電が走っていく。結構、古い車両だ。何故か、この寒空をゴトゴトと音を鳴らしながら走っていく古い車両の広電の姿は、まるで自分の部屋が迎えに来てくれたような、そんな気持ちになる。新しいのだと、何か違うんだよなぁ。
   「あぁ、まぁそうね」
   とだけ、オレは答えて、紙屋町の方に向かって走っていった自分の部屋を、自慢げに両親に紹介した。

 

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(この物語はフィクションです)

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 広電物語【2】 広島駅~広島港(宇品) 宇品線 「広島駅に降り立って」他

 広電物語【1】 広島駅~広島港(宇品) 皆実線 「広島駅から広電に乗って」他

 

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Hiroden2

投稿情報: 14:25 カテゴリー: 広島の作り話 | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)

広電物語(10) : 「新春初売り本通り」

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広島市内を走る路面電車。通称「広電」。
ここではその「広電」の駅にちなんだショートストーリーを公開しています。
全て作り話の”つもり”ですが、広電に乗ればそんな風景も・・・
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■広電路線図■

Rosenzu

 

広電物語【2】-(10) : 「新春初売り本通り」


   何となく、正月は広島で過ごすことにした。実家に帰るという選択肢もあったし、実際、何人かの友達からは帰ってこいよという連絡もあったのだが、休みも短かったし、人が多い中移動するのもなぁ、と思い、せっかくなら広島で年末年始を過ごすことにした。
   師走協奏曲のダメージが後を引き、クタクタの我が支店社員は三十日に適当な、実にえぇ加減な納会を済ませ、三十一日から休みに入った。三十一日に半年分の大掃除をしたオレは、一日は寝正月を決め込み、家から一歩も出なかった。思えば、一人で過ごす正月と言うのは生まれて初めてだった。
   せっかく正月なんだから、と買い込んだ食べ物に半分も手をつけず、ダラダラとテレビを観て過ごした。これなら実家に帰ってた方が良かったんじゃないか、と内心思いつつ、日が明けて二日、オレは護国神社にフラフラと歩いて初詣に行った。
  
   広島城の傍にある護国神社は市内では最も大きな神社で、オレは初めて行ったのだが、結構な人がいて、オレはビックリした。屋台なんかも出ていて、ちょっとしたお祭り気分だ。もちろん、東京にはこれよりも人が集まる神社はあったが、何となく、オレは人の多さに驚き、お参りもソコソコに市内へと戻ってきた。
   ガタゴトと正月から頑張る広電の線路を横切り、立町の交差点を渡る。
   日陰では身を切るような寒さも、ポカポカと日が当たれば幾分和らいで、本通りが近づくに連れて、再び人影も増えてきた。
   本格的な初売りは三日からになる本通りも、結構な人がいて、チラホラと開いているお店もあった。
   アーケードがあるお陰か、寒さもあまり感じさせず、それが故に人が集まり、また一層温かく感じられる。オレはコートの前のボタンを全部明けて、特にアテもなく本通りを歩いた。
   正月の本通りは何だか少し景色が違う。フラワーフェスティバルの時も、とうかさんの時も、えびす講の時も表情は違っていたけど、正月の本通りと言うのも、何だかいつもと違う。そう言えば、昼間なのにお店が開いていないのなんて、正月ぐらいのものなのかも知れない。シャッターの降りたお店の前で、高校生らしき六人組が互いに御神籤を見せ合ってはしゃいでる。「オマエ去年も大吉じゃったじゃろ。えぇのぉ」と言われ、「日頃の行いが違うけぇねぇ」とまだら金髪の男が答えていた。
  
   オレは最初広島にやって来た時よりも、随分一人で居ることに慣れていたから、そんな光景を横目に、相変わらずのんびりとパルコの辺りまで歩いた。早速初売りが始まっているパルコの前には結構な量の人がいて、そんな中から見覚えのある顔がノソノソと近づいてきた。
   「あれ?支店長?」
   「明けましてオメデトウ」
   「こちらこそオメデトウございます。本年もどうぞヨロシクお願いします」定型文の挨拶を交わしながら、支店長の後ろを見ると、奥さんと思わしき女性と、中学生ぐらいの女の子が手に取ったばかりの紙袋の中身を物色していた。
   「ご家族、ですか?」
   「そうそう。娘と、嫁ね。ホンマは受験なんじゃケドね。まぁ、親と買い物に行ってくれるのも、今年が最後じゃろぉけぇ、ね」
   「あははは」笑いながら娘さんを見ると、女性版民生が愛嬌のある笑顔をこちらに向けてきた。
   「正月は、実家に帰らんかったん?」
   「はい。まぁ、広島の正月もせっかくなら、と思いまして」半分本音を答える。
   「別に見るようなもんも無いじゃろぅ?宮島、行った?」
   「いや、行ってないです。護国神社、行ってきました」
   「行かんでえぇよ。人が多いばっかりじゃけぇ。家でのんびりするんがイチバンよ」
   娘さんと奥さんが、向こうの方で携帯をいじり出したのを見て、オレは挨拶をしてからその場を離れた。
   「また四日に」と言うと、支店長は「今年は短いけぇのぉ。たいぎィのぉ」と笑いながら二人の所に歩いていった。
   既に「たいぎィ」の意味を知っていたオレは、そう言えばブンゾーは「たいぎィのぉ」ではなく、「やねこィのぉ」と言うなぁ、と思いながら、頭を下げた。

Hiroden

   歩いてきた道をそのまま戻って、本通りの電停に向かう。何だか、このまま家に帰るのもナンなので、広電に乗ってどこかに行ってみるか、と思ったのだ。支店長はあぁ言っていたが、まぁ宮島に行ってみるのも悪くは無い。引っ越してすぐに一度行ってはいたが、正月がどんな感じなのか、見てみたい思いもあった。
   電停に着いてしばらくすると、丁度「西広島」行きの電車がやってきた。オレの前に電車に乗った男が、先客のバァさんを見つけて「あらぁ、こりゃあ、こりゃあ、明けましておめでとうございます」と言っている。広島は何だかんだで狭い。特に正月なんかは、街を歩けば誰かに出会うのか、其処彼処で「明けましてオメデトウ」が聞こえてくる。年配なら「こりゃあ、こりゃあ」だし、若者は「どしたんね」となる。みんな、「どこにも行かんかったん?」とか、「はぁ、オセチは飽きたわぃ」とか言いながら、車内に入り込む柔らかい日差しを楽しんでいる。そんな光景は、一人で乗っているオレにも心地よく、ついついオレはうたた寝をしてしまい、起きたら電車は西広島に着いていた。
  
   西広島で電車を乗り換える。ホームには冷たい風が吹いていて、オレは一気に目が覚めた。伸びをして、縮こまった身体を元に戻す。
   そういえば、ブンゾーの実家は井口なので、宮島に行く途中になる。クサツさんとヤマネさんは実家に帰るって行ってたっけ。ヤマネさんは奥さんが島根らしく、「毎年雪ばっかりの正月じゃ」と嘆いていた。「カエデは?」と何気なくブンゾーが聞いたら、ムカデが「ハワイ」と答えて、一同が固まった。みんなの頭の中に「?」が飛び跳ねた瞬間だった。
   そんな空気を察したのか、どうなのか、ムカデは「親孝行よ」と、少し恥ずかしそうに言っていた。
   それにしても、ムカデにハワイなど、あまりにもイメージが湧かなさ過ぎて、オレは思わず、「カエデさんって、一人っ子でしたっけ?」と聞いてしまった。聴いた瞬間、支店長が顔を覆う。
   「妹がおるけど。文句あるん?」
   「へっ?」
   当惑するオレに、五分後の男子便所でこっそりとヤマネさんが教えてくれた。妹さんは去年結婚したそうだ。オレはむしろ、カエデさんがそんなことを気にしていることに驚いた。
  
   今にしてみると、オレも父親と母親を広島に誘ってやれば良かったかもなぁ、と思いながら、音を立ててようやくやってきた広電を見る。三両編成の臨時列車は、少しだけぎこちなく車体を揺らしながら次第にスピードを落とす。
   ん?んんんんんっ?
   驚いた。広島風に言うならば、「たまげた」。
   鮨詰めになって、人が降りてきたからだ。皆一様に、開いた扉から、まるで外の冷たい風を待ち望んでいたかのように、「はぁぁぁ」と言いながら降りてくる。まさに「やねこかったぁ」という顔だ。
   マジかよ・・・
  
   気圧されそうになりながらも、まぁこの時間から行く人は少なそうだし、と言い聞かせて折り返しの電車に乗り込む。電車の中には、まだ人の空気が充満していて、オレは何となく東京を思い出した。
   しばらく車内放送が繰り返されて、ようやく電車が重たそうに動き出す。
   まだもう少し残っていそうな午後の日差しに照らされた車内で、オレはもう一度うたた寝をした

 

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(この物語はフィクションです)

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 広電物語【2】 広島駅~広島港(宇品) 宇品線 「広島駅に降り立って」他

 広電物語【1】 広島駅~広島港(宇品) 皆実線 「広島駅から広電に乗って」他

 

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▼広島電鉄(私鉄の車両3)▼

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投稿情報: 20:29 カテゴリー: 広島の作り話 | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)

広電物語(9) : 「紙屋町師走協奏曲」

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広島市内を走る路面電車。通称「広電」。
ここではその「広電」の駅にちなんだショートストーリーを公開しています。
全て作り話の”つもり”ですが、広電に乗ればそんな風景も・・・
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■広電路線図■

Rosenzu

 

広電物語【2】-(9) : 「紙屋町師走協奏曲」


    いくら小さな支店とは言え、さすがに師走にもなると飲み会続きとなる。
   まして我が社は一応、飲料メーカーだ。酒の類は置いていないが、カクテルやチューハイの材料となる飲料は売り出している。もっとも広島支店の誰もがそんな飲料には目もくれず、ビール、焼酎、もしくは(金があれば)日本酒、といった王道を進んでいるわけだが、小売店、販売代理店、広告屋、販売代理店、缶製造会社、大口顧客、果ては一つ下のフロアに入っている不動産屋に至るまで、忘年会に続く忘年会。ヤマネさん曰く、師走協奏曲、と言う状態になる。
   ブンゾーことオヤジさん指揮の元、我が支店もローテーションを組んでそれに対応するわけだが、カエデさんは行く気などサラサラないので、必然的にブンゾーオヤジ、民生支店長のどちらかと、クサツさん、ヤマネさん、オレの誰か一人、もしくは二人、という組み合わせに落ち着く。中でも最もタチの悪い客にオレが回されることは言うまでも無い。もっとも、クサツさんと一緒に行ったところで、何だかんだと理由をつけてさっさと帰ってしまうし、ヤマネさんは接待ベタと言うか、ほとんど喋らないので、一人酒と変わらない。要は、役に立たないのだ。オレは「ホープじゃねぇ」とか何とか民生に言われながら、三人体制にも関わらず、六割の高打率でローテーションが回ってきた。
  
   「いやぁ、マジでつらいッス・・・」師走に入って二週間目の金曜日、思わずムカデにこぼす。しかし、これはこぼす相手を間違っている、というものである。
   普通、これぐらいの年の独り身の女性にでもなると、かっこいい人がいるなら行きたい、とか、あそこの社員は金持ってるから行きたい、とかそんなことを言い出しそうなものなのだが、ムカデに限っては全くそんな素振りも見せない。騙す、と言っては聞こえが悪いが、ちょっとでも行きたそうな社員ならなだめすかして出席させる術もあるだろう。ましてこの支店は男所帯。客も大半が男所帯。態度が最悪とは言え、一応美人の部類に入るカエデさんが出向いて嫌な顔をされることは無い。
   それでも、ムカデは協奏曲など聴こえていないかのように、平然と五時半になったら広電に乗って帰っていく。窓の外にそれを眺めながら溜め息をついているのはオレとクサツさんだが、理由はきっと全く違う。そんなカエデさんの性格を当然分かっているブンゾーも、触らぬ鬼に祟りなし、ムカデをハナからローテーションに入れていない。
   つらいとこぼしたオレにムカデは一瞥をくれ、無言のままブラック缶コーヒーを啜った。
   そう、嫌ならば、行かなければ良いだけなのだ。
  
   いつもと変わらない隔週の問屋外回り。冬の柔らかな日差しが疲れきった肩にのしかかってくる。広電に乗って自社に戻ると、ちょうどカエデさんが退社するところだった。
   「あぁ、お帰りっスか」
   少し皮肉めいた口調で頭を下げる。まったくいい身分だ。給料がいくらなのかは知らないが、そんなこと関係なく苛立つ。斜め上から見てくるムカデを、おのずとこちらも斜め下から見ることになる。ちょうど便所に出てきたヤマネさんが「お。戻ったん?」と言わなければ、こっちが何か余計なことを言ってしまいそうだった。
   溜め息をつきながら、ヤマネさんと入れ替わりにデスクに戻る。支店長に簡単な報告をして、窓辺の席に向かう。荒れ果てたデスクの真ん中には、「ウコンの力量」という他社製品が、ちょこんと鎮座していた。
   西日の途切れかけた窓の外を見ると、いつもと変わらない広電の車両がカエデさんを乗せて走り出す所だった。
   ったく、何なんだかなぁ。
  
   「おい、それそろ行くで」
   オヤジさんに促され、作りかけの報告書を保存して席を立つ。今週はこれで三度目の接待だ。木曜にして三度目、と言うことは一日しか休みが無い。明日入っていないのが、もはや天の恵だ。悪いことに我が社の接待を行う店は、決まっていた。
   紙屋町にある「カープ坊や」
   寄りにも寄って串カツ専門店で、いくら我が社の商品を大量に入荷してくれているとは言え、毎日串カツとビールなんて、通風になれと言われているとしか思えない。ブンゾーが健康体なのが、むしろ不思議なぐらいだ。ウコンの力量が太刀打ちできる相手ではない。
   確かに紙屋町(東)の電停から、横断歩道渡ってすぐの場所にあるこの店の立地は良いが、たまには変えてくれてもいい。我が社からも歩いて十五分程度の場所にあるこの店は、既に向かうテーブルも決まっていて、十二月の平日は、行かない日にだけ電話を入れる、という悪しき風習がまかり通っている。
   「はい、行けますよ」ぶっきらぼうに鞄を持ち上げると、ブンゾーが睨みを効かせ、「接待は笑顔じゃゆぅとるじゃろぉが」と言ってきた。とてもじゃないが笑顔からは程遠いそのゴツイ顔に、オレはただ呆れるばかりだった。

Hiroden

   ガタゴトと音を立てて大通を横切る広電を横目に見ながら、見慣れた横断歩道を渡る。地下一階にある店に降りる階段の手前で接待相手を待つ。ブンゾーがメモを見ながら、「今日は広島屋さんか」とつぶやく。「はい。小型スーパーの、広島屋さんですね」と言うと、ブンゾーは「まぁ、三次会までじゃのぉ」と絶望的なことをサラッと言ってのけた
   「例年、三次会っスか?」
   「うぅん、二年前は朝までじゃったけど、先方の部長さんが糖尿になったけぇの。去年から三次会でストップになったわィ」
   返す言葉が見つからない。なぜ、飲むんだ?
   三次会とは言わず、冷奴でも食べて帰ってくれ。
  
   五分ほど待ってやってきた部長と部長補佐、係長は揃いもそろって小太りのオッサン達だった。ブンゾーの顔を見るや、顔をほころばせ、「いやぁオヤジさん、ご無沙汰しとります」と頭を下げた。ブンゾーが「こちらこそいつもお世話になっとります」と頭を下げる。先方の顔には「酒が飲みたい」とハッキリと書いてあり、オレは係長以外は初対面だったが、無論そんなことを言い出せるはずも無く、色褪せたオレンジ色の暖簾を四人に着いて潜った。
   ビールと季節はずれの枝豆がやってきて、ようやくオレと部長、部長補佐が名刺交換をする。
   「あれぇ、初めてじゃったんですか」とブンゾーが言い、「ついつい合いそびれてしもォて、申し訳ないです」と部長補佐が頭を下げる。関係的にはこっちが客だが、見たところブンゾーは先方の部長よりも十ぐらい年上なので、先方も低姿勢だ。特に部長とブンゾーは長いのか、次々に昔話が出てくる。それはまぁ、それなりに面白い話で、昨日の問屋との飲み会よりはマシだった。
   串カツの盛り合わせが出てきた頃、ブンゾーが「こいつは本店から借り受けてまして」とオレのことを指す。「あぁほぉじゃったんですか。どぉりで広島の方じゃないなぁ思ォとったんですよ」と係長がブンゾーにビールを注ぎながら話を合わせる。ここは未だに瓶ビールの店なので、下っ端は気が抜けない。
   「こいつもうちに来る前は東京におりましてね」と言ったのは部長だ。どうやら先方の部長補佐は、東京の小売会社にいたところを、引っこ抜いてきたらしい。本人も親の面倒を見るためだか何だかで、転職に至ったそうだ。彼だけは、オレに話しかける時に標準語になる。
   「最初の頃は戸惑いましたよ。ほら、全然やり方が違うでしょ?それも覚えればいい、って違いじゃないじゃないですか。品名の違いなんて覚えれば半月ですけどね。メーカーさんとのお付き合いとか、今以上に広島は違っててね。ボクもここ出身だし、分かってるつもりだったんだけど、やっぱり戸惑いましたよ。部長もそういうところは指導してくれませんでしたしね」
   こうしたさりげない気遣いは、東京で働いていた人間ならではなんだろう。おどけた調子で言われた部長も、別に悪い気分ではないんだろう。むしろ自分に対する信頼すら感じているかも知れない。久方振りのこうした気遣いに心地よさを感じる。オレは「ありがとうございます」と心の底から言いながらビールを注いだ。分かってるのか、分かっていないのか、ブンゾーがそ知らぬ顔でささみチーズカツに噛み付いていた。
  
   案の定、三次会で古ぼけたスナックに行ったところで、会はお開きとなった。広電は二次会が終わった時点でもう止まりかけていて、そろそろバスも最終になるためだ。部長補佐と係長が丁寧に酔っ払った頭を下げてから岐路に着く。オレは一瞬迷ったが、ウコンの力量のお陰か、まだどうにかなりそうだったので残ることにした。我が家は紙屋町から歩いて三十分かからないぐらいの場所にある。雨でもなければ歩いて帰れるこの立地が、余計にオレを苦しめる。
   部長がお手洗いに行った隙に、「お二人にして帰った方がよかったスかね?」とブンゾーに尋ねると、「ワシの方が帰りたいよ」と苦笑いされた。そんなブンゾーを見ることも無かったので、少し驚く。そりゃそうか。オレも今週三回目だが、ブンゾーも二回目だ。しかも聞けば明日もだと言う。「大変ですね」と同情すると、「仕事じゃけぇの」と言って、ウィスキーのロックをあおった。
   スナックを出たのは二時を回る頃だった。ブンゾーの家と部長の家は、近い所にあるらしく、一緒にタクシーに乗り込む。オレはフラフラした足取りでそれを見送りに行く。タクシーに乗り際、ブンゾーがオレのポケットに何かを差し込んできて、小声で言った。
   「今日はタクシーで帰れや」
   二人を乗せたタクシーが走り出した後、ポケットからはヨレヨレの二千円札が一枚出てきた。

 

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(この物語はフィクションです)

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投稿情報: 16:28 カテゴリー: 広島の作り話 | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)

広電物語(8) : 「秋深まる立町」

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広島市内を走る路面電車。通称「広電」。
ここではその「広電」の駅にちなんだショートストーリーを公開しています。
全て作り話の”つもり”ですが、広電に乗ればそんな風景も・・・
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■広電路線図■

Rosenzu

 

広電物語【2】-(8) : 「秋深まる立町」


   「うぅぅ、寒いのぉ」
   「クサツさん、こんな寒くて客なんて来るんスか?」
   「知らんわぃ。イベントはやることに意味があるんよ。立町で立って待つ。なんてね」
   えへへ、とか言いながら自社製品の缶コーヒーを啜る。温かかった缶コーヒーはとっくに冷めてしまって、オレ達はすっかり寒くなった秋風に身を縮めながら新製品のホットぶどうジュースをフラフラとやってきた客に配って回る。
   何が嬉しいのか知らないが、我が社は毎年この季節に冬に向けた新製品を発表し、それを配るというイベントを行う。
   地下街でそれを行えた東京とは異なり、広島では、秋風が身に沁みるちょっとした空き地で行っているらしい。
  
   「毎年、このイベントはクサツさんなんスか?」
   「おぉ。なんか知らんがのぉ。これだけは逃げられんのよ」
   なるほど。クサツさんが逃げられないと言うのだから逃げられないのだろう。この人が客に話しかけているところを、正直オレは初めて見た。
   「数年前までは昼になると差し入れに支店長とカエデちゃんが来てくれとったたんじゃけどね」
   「無くなったんスか?」
   「カエデちゃんが来んようになって、支店長だけになったけぇ、来んでエェですよ、って」
   「あぁ、なるほど・・・」
   ヤマネさんのオヤジギャクがうつったのか、クサツさんは「カエデはエェでぇ」とか訳の分からんことを言って、ホットぶどうを断熱袋から取り出す。そう言えばクサツさんはムカデと大して年は変わらないはずだ。二つか、三つ。
   「カエデさんって昔からあんな感じだったんですか?」
   「あんな感じって?」
   「いや、何かトゲトゲしいと言うか・・・何と言うか・・・」
   「うーん、最初の頃はあれでも猫かぶりよったけぇね。声とか一オクターブぐらい高かったんじゃいかね」
   一オクターブと言うと、相当である。
   「昔は可愛かったよぉ。まだ広島のこともあんまり知らんでね。ちょっと方言も違ごぉとってから。愛媛から出てきたばっかしじゃったけぇね」
   「クサツさん、もしかしてカエデさんのこと、好きだったんですか?」
   「アホ言うなやぁ」そう言うと、クサツさんは鼻水をジュルっと吸い込んで、持っていたホットぶどうを向こうにいるスーツ姿のオッサン三人に配りに行った。それに合わせてオレも手前の一人サラリーマンに、ホットぶどうを手渡す。
  
   「何で、ぶどうなん?」
   「いや、これまでに無い感覚を味わっていただこうと思いまして」
   「気持ち悪ぅないん?」
   「いえいえ、そんなことないですよ。最初はちょっと違和感があるかもしれないですけど、甘さも抑えてますし、ほら、ホットワインとか、あるじゃないですか。あんな感じで、身体が温まります。実際ぶどうにはそういう成分が入っていてですね、えぇっと・・・」
   「ふーん。広島じゃあ、ホットワインなんか見んけどね」そう言いつつ、サラリーマンはしっかりとホットぶどうを持って立ち去って行った。
   嫌なら、もらいに来るなよ。心の中で一人ごちる。
   「広島じゃあ」か。すっかり慣れたつもりのこの街でも、時たまそういったことを言われる。例えば飲みに入った居酒屋で、お客さん、出張?とか。別に悪気は無いんだろうし、初めの頃の様にイチイチそれを気にして、つまらない嘘をつくこともなくなったけど、ふとした時にそういったことを言われるのがもどかしい。向こうを見ると三人のサラリーマンにクサツさんはすっかり溶け込んでいて、フケだらけの髪をかきあげていた。と言うか、むしろそっちの冴えないオッサングループの方が居心地が良さそうだ。
   イベント会場の空き地からは立町の電停がちょっとだけ見えて、背広の上に薄いコートを羽織った人たちを吐き出したり、飲み込んだり。
   夏場まであった街の高揚感がいくつかの花火大会をピークに消えていって、秋の空が広がる頃には、街がすっかりと落ち着いてくる。其処に住んでいる人たちの季節。そう感じさせる声が街中に響く。それは例えば運動会だったり、紅葉を愛でる声だったり、夏祭りとは雰囲気の異なった秋祭りだったりだ。
ちょっとだけ東京を思い出しかけたオレに、ババァが手を伸ばしてくる。「ホットなんちゃらゆぅん、もらえるん?」
   「あ、はい、ホットぶどうですね。今すぐ」
   断熱袋から取り出して渡す。
   「家におる夫の分ももらえん?」
   「えぇっと、一応一人一本と言うことになってまして」
   「まぁ、そうこまいこと言わんと、エェじゃないの。お兄さん、優しそうな顔しとるけぇ」
   キャッキャと笑うオバサンにハッハッハと調子を合わせながら、臨時のバイトに見えないようにもう一本くれてやる。
   「まぁお兄さん、エェ人じゃねぇ。お兄さんも今日はエェことあるよ」オバサンが満足げにキャッキャ言いながらホットぶどうをバックにしまいこんで街に消えていく。ま、こんなんで良い人だと褒められれば世話は無い。

Hiroden

   「あれ?どうしたんスか?」
   ようやく弱弱しい日差しががビルの間から差し込んできたお昼過ぎに、支店長とカエデさんが差し入れにやってきた。
   「いやぁ、天気もよぉなってきたし、たまには差し入れにでも行こォかぁゆぅてね」
   クサツさんの話を聞いていたオレとしては「あはは」と愛想笑いをするより他無い。
   「クサツ君は?」
   「なんか、お手洗いでシャレオに行ってます」こんな時に居ないのはもはや天性の才能だろうか、それともいつもの逃げ癖が災いしてのことか。
   「はい、弁当」ぶっきらぼうにムカデがビニール袋を寄越す。
   「まだ、食べれとらんかったでしょ?」と支店長がフォローする。斜め後ろから日差しを受けた支店長は、まさに年食った奥田民生そのものだった。
   「はい、まだです。おぉ、むさし!」
   「カエデがむさしにしましょうゆぅてゆぅけぇね」
   オレがむさし好きなのを知ってのことかと思ったら、単にイベント会場から最も近いから、という理由だった。
   「ホットぶどうの評判はどう?」
   「まぁ、正直あんまり良くは無いですね。その場で直に蓋開けて飲む人もいないですし。ぶどうと温かい、が繋がらないみたいです」
   「でも果物んなかじゃったら、ぶどうじゃないんかね?」
   「そうかも知れないですが、そもそも果物を温かい飲みものにする必要が無いんじゃないか、と」
   「確かになぁ。なんで、今年はぶどうじゃったん?」
   「何か、あんまり良くは知らないですが、お茶やコーヒーは飽和してるし、大手に立ち向かえないからみたいスけどね。ぶどうで立ち向かえるかは分からないって言うか、かなり苦しそうですけど」
   「うぅん、そうかぁ」と残念そうな顔をする正直者の民生の隣で、早く帰りたそうなムカデが、「色が気持ち悪い色じゃけぇですよ。こぼしたらどぉするんね?」と言ってこっちを睨んできた。
   いや・・・別にオレが開発した訳でも、オレが売り込みたい訳でも、オレがあんたにこぼした訳でもないんだけどなぁ・・・と思いつつも、確かに、と感心する。
   用が済んだし寒いけぇ戻りましょうとムカデが言って、遂にクサツさんが来る前に二人は帰ってしまった。
   試しに女子大生の臨時バイトに、このホットぶどう、こぼれたらとかって思います?と聞いたら、「別にぃ、でも何でぶどうなんです?」と逆に聞かれた。じゃけぇ知らんって!という広島弁が自然と出てきそうになった。
  
   長い便所から戻ってきたクサツさんに弁当を渡してやる。
   「えぇっ?カエデちゃん、来とったん?」
   「えぇ、支店長もです」と一応付け加えてやる。クサツさんは中身を物色した上で「ワシ、山賊弁当ね」と言って、昼休憩から戻ってきた方のバイトにその場を任せて弁当を食いに行ってしまった。
   そんなクサツさんは前にオレに言ったことがある。「ワシ、むさしとちからじゃったら、ちから派なんよ」と。

 

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(この物語はフィクションです)

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 広電物語【2】 広島駅~広島港(宇品) 宇品線 「広島駅に降り立って」他

 広電物語【1】 広島駅~広島港(宇品) 皆実線 「広島駅から広電に乗って」他

 

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広電物語(7) : 「八丁堀で喧嘩上等」

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広島市内を走る路面電車。通称「広電」。
ここではその「広電」の駅にちなんだショートストーリーを公開しています。
全て作り話の”つもり”ですが、広電に乗ればそんな風景も・・・
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■広電路線図■

Rosenzu

 

広電物語【2】-(7) : 「八丁堀で喧嘩上等」


  「じゃけぇ悪かったゆぅとるじゃないか」
  「はぁ?あんたァちぃとアホなんと違う?」
  「は?どしてや。ちョろっと遅れたぐらいでそォよォに怒んなやぁ」
  「上等じゃね。ちョろっとね、これが。どの口がゆぅんね」
  
  広島駅から乗り込んできた二人が言い合うのを頷いたり、小首を傾げたり、迷惑そうにしたり。
  お得意先から自社に戻る途中だったオレは、その二人を微笑ましく眺める。
  広電の外に出れば秋の長雨。ドンヨリ曇り空。それでもオレは何だか小気味良く二人の言い争いに耳を傾ける。
  
  二人は大学生ぐらいだろうか。まぁ平日に私服でいるぐらいだから、そうだろう。
  オレにもきっと、そんな頃があったんだろうな、きっと。
  都内の電車内であれば圧倒的に煙たがられるそんな光景も、何故か広電の中で聞くと昼のドラマでも見ているかのような客観性を帯びてくる。それはオレがこの街の人間じゃないからだ、と言うときっとそんなことはなく、周りもイチイチ気にしてはほくそ笑んだり、神妙に聞き入ったり。
  関係ないのに出て行くオバちゃんがいないのは、ここが大阪ではなく、広島だからだろう。
  言い争いを続けながら八丁堀で降りていく二人。女の子の方がズカズカと降りて行き、男の方が文句とも、釈明ともつかないセリフを繰り返しながら、女の子が作った通り道をついて行く。
  これから八丁堀に買い物にでも行くのだろうか?きっと、何か買わされるな、かわいそうに。そう思っていると、オレが熱心に様子を伺っているのを聞いていたのだろうか、隣に座っていたオッサンがこちらに向かって、「どこも女の方が負けん気が強いのぉ」と囁いて苦笑した。
  オレもつられて「ですね」と苦笑いする。

  電車は扉を閉めて、またガタゴトと動き出す。
  周りを見渡すと、みんなその話題をしているのか、先ほどとはうって変わって楽しそうな声が上がっている。
  厄介者がいなくなったから、という訳ではないだろう。こう言っちゃァ何だが、他人の喧嘩で、微笑ましく感じることもあるのだ。
  男の子は着崩れた(着崩した?)シャツとカーキ色のパンツ。女の子は青いスカートに白いシャツ。上からベストのようなものを着ている。
  傍から見ると、しっかりした女の子に、ダメな男の子。でも、実際には女の子の方がワザワザ準備をしてきた雰囲気だ。案外、男の子の方が図太いのかも知れない。でもまた、そんな女の子の”頑張り”がかわいらしくも見える。
  
  粒の小さい雨にズボンを濡らされながら、会社に駆け込む。さっきの喧嘩の後で、足取りが軽い。
  ふぅ。今日はもう外回りが無いのが救いだ。
  扉を開けてただ今帰りました!と、珍しく元気良く言おうとしたら、帰ったのを見るや否や、ムカデがツカツカやってくる。
  あ、不機嫌。そう思った時には、既に遅し。ヘラっと笑ったオレに、強烈なオカエリが突き刺さる。
  「あんたァちぃとアホなんと違う?」
  「へっ?な、なんででしょう・・・」オレはさっきの男の子ほど図太くは無い。
  「桁、ちごぉとるよ」ピラピラと一枚の紙をムカデが目の前に突きつける。
  「あ・・・」
  「あ?あ?あ、ゆぅた?あんたァ」
  「い、いや、言ってません」
  「アホかぃね」請求書をオレに押し付けて、ムカデがスタスタ去っていく。
  「ちょ、ちょっ!」呼び止めようとしたオレに、支店長が奥田民生似の顔を思いっきりしかめて近づいてきて、耳元で囁く。
  「何かね、カエデちゃんがね、先方に『これおかしいんじゃないですかねぇ』ゆぅて電話したんよね。ほしたら先方に、『はぁ?おかしいんはそっちじゃないんですか?』ゆぅて言われたゆぅてね。FAX、送られてきたわけ。これ、ほら、桁、ちごぉとるじゃろ?そりゃ向こうも悪いんよ。確認もせんと、っちゅうか、確認したうえでの確信犯よね。桁ちごぉとるの分かっとって、得なもんじゃけぇね」
  そう言って、肩を掴む。あぁ・・・
  「スミマセン!ほんっと、スミマセンでした!すぐに向こう行って訂正してもらいます!!」
  「いやいやいや、ちょ、ちょっと待って」
  直に踵を返したオレを、支店長が呼び止める。
  「な、なんでしょう。ほんとスミマセン!」
  「い、いや、いいんじゃけどね。キミとヤマネさんに行ってもらうか、オヤジさんに行ってもらうか、ちょっとオヤジさんに聞いてからにしよう、な」
  「え、でも、これ、オレのミスですし」確かに、自分では役不足なのかも知れない。相当怒っていることを考えれば、ぺぇぺぇが謝って済むかどうかは怪しい。
  「いや、まぁね、そうなんじゃけどね。ほら、オヤジさんの方が、迫力あるじゃない?」
  「へっ?」

Hiroden

  「今回の件は、下手に出たら、負けじゃけぇね」と、支店長は言ったが、正直オレは今すぐにでも飛んで行って頭を下げたかった。
  この問題はオマエじゃ解決できんよ、と言われたようで、それもぺぇぺぇじゃ、と役職のことを言われた訳ではなく、自分の接し方の事を言われたことはショックだった。支店長は言葉には出さなかったが、「広島んモンじゃないしね」と言うのもあっただろう、と思うのは、僻みだろうか。事実、ここの問屋のオバサンは、うちのオヤジさんと同じぐらい広島弁が”キツく”、日常の交渉ですら、ヒートアップしてくると、オレには対処が難しくなる。だけど、そんな理由で自分が外されたとしたら、不甲斐ないにも程がある。方言が喋られないこと、それが不甲斐なく、悔しいことだ、というが、ようやくオレは分かってきた。もっとも、今回は理由が理由(オレの凡ミス)なだけに、どこに居たって同じことだろうが・・・
  それよりも、オレはこのことをブンゾーが知ることが、純粋に恐かった。それはブンゾーの怒鳴り声のせいもあるが、何だかんだでオレはブンゾーに認めて欲しいと思ってる。支店長以上に、だ。オレの査定は支店長がするんだろうし、それに対して良い事も悪い事も、とやかく言うような人間ではないのだが、それでもブンゾーにダメな奴とは思われたくなかった。
  そんな不甲斐なさを噛み締めながら席に戻ると、ムカデが言った。
  「東京モンは、数字も読めんのね」
  カッっとなった。一番言われたくない一言だったかも知れない。危うく声を荒げそうだった自分を必死のことで抑える。数字を間違えたのは、自分だ。そう言い聞かせる。カエデさんだって、いつも言葉は悪いが、広島弁が理解できなかったオレをなじる様な真似をする人じゃない。新人じゃねぇんだから、そういうことだ。
  しばらく自分を抑えてから、オレはようやく搾り出すように、喉をふるわせるのが、精一杯だった。
  「スミマセン、ご迷惑を、かけました」
  ムカデは、黙ったままオレを睨みつけただけだった。
  
  ブンゾーが戻ってきて、支店長から説明があって、ムカデが事実を十倍ぐらいに誇張してブンゾーに伝え、無視されるかとも思っていたオレは、見事にブンゾーに引っ叩かれて宙を舞った。
  「おどれ、何処に目ェついとんじゃぃ!」と言って引っ叩かれたのは、有り体ではあるが、無視されるよりも全然嬉しくて、でもその迫力は小学校の時の教頭先生以上で、オレは謝るのに精一杯だった。緊張した空気の漂う狭いオフィスで、ヤマネさんは何事も無かったようにマウスをスクロールし続け、クサツさんは相変わらず外出中。
  後は、適当なタイミングで支店長が「まぁまぁ、どうにかならんね?」とか何とか言って出てくる。
  茶番と言えば茶番なんだが、あまりにも配役がキマり過ぎていて、かえってオレの気は楽になった。少なくともここでは「再発防止策を」なんて言ってくる奴はいない。「あーあ、何を奢ってくれるんかねェ」と、別に何をしてくれた訳でもないのにムカデがデカイ独り言を放つ。
  
  オレは恐る恐る、ブンゾーに向かって、「一緒に謝りに行かせてください」と言った。ブンゾーは睨んだだけで、何も言わない。オレはブンゾーと支店長を交互に見る。ブンゾーは、案外、支店長の指示を待っているらしかった。
  「今回はね、オヤジさんだけで行ってもろぉて。また、後日ね。謝りに行っといてよ」というのが、支店長の結論だった。
  
  『後日』と言うのが、どうしても嫌で、ブンゾーがコトを終わらせ、問屋のオバサンから、明日、差額を入金すると言う電話が、ムカデ曰く”苦虫を噛み潰した様な”声でかかってきたのを見計らって、スーツを着て、バックを手に持つ。
  支店長の方をチラッと見たが、見てみぬフリをしている。隣でどっかりと椅子に座ったまま睨み上げてくるムカデに、帰ってきたばかりのクサツさんがお土産の二十世紀梨を渡す。
  「何で、一つだけ?」という不機嫌な声を背中で聞きながら、オレはオフィスを出た。
  
  再び広電に乗る。いざ、出発すると、不安と、反省と。すっかり夕暮れの早くなった空の下を、帰宅する人・第一陣を乗せた広電が、ガタゴト、ガタゴト。
  何て謝ろうかなぁ、とアレコレ考えていると、いつの間にか電車が八丁堀に差し掛かる。
  「・・・へっ?」
  思わず声を上げたオレの目の前で、朝見た二人が乗ってくる。
  「ほぃじゃけぇあっちの方がエェってゆったじゃん」
  「はぁ?あんただってエェよ、ってゆぅたじゃんか!てゆぅか、名前も覚えとらん映画薦めんさんなや!」
  「どぉしてそんなイチイチ怒るんやぁ」
  「喧嘩上等よぉね!」
  そう言って、女の子は、その細い腕をダボっとしたシャツに包まれた男の子の腹に突き刺した。反対の手には、しっかり有名ブランドの紙袋を握って。

 

   DSC00533

 

(この物語はフィクションです)

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 広電物語【1】 広島駅~広島港(宇品) 皆実線 「広島駅から広電に乗って」他

 

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投稿情報: 22:32 カテゴリー: 広島の作り話 | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)

広電物語(6) : 「胡町のカメ」

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広島市内を走る路面電車。通称「広電」。
ここではその「広電」の駅にちなんだショートストーリーを公開しています。
全て作り話の”つもり”ですが、広電に乗ればそんな風景も・・・
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■広電路線図■

Rosenzu

 

広電物語【2】-(6) : 「胡町のカメ」


カメに会いに行こうやぁ、と突然ヤマネさんが言い出した。
西日が差し込み始めた午後のことである。そろそろ今日の仕事の片付けに入って、という時間帯だ。
ブンゾーの方をチラリと見る。ブンゾーは不機嫌な顔をしつつも、「一種の季節行事だ」とだけ言って、ボクの手から先ほどの会議の議事録を分捕った。

ヤマネさんは嬉しそうにジャケットを着込んでいる。何でも小さい頃、家のそばに池があってそこではこの季節、カメが甲羅干しに励んでいたらしく、それは豊作の証拠なんだとかどうだとか。なぜ甲羅干しと豊作が関係あるのか分からないが、そう言えば胡町の電停から横断歩道を渡ったところには、誰が手入れしているのか分からない緑地があって、のんびりとカメが泳いでいるのを覚えている。
ヤマネさんが言うカメ、というのもどうやらそのカメのようで、そんな童心に戻ったようなヤマネさんを見るのは初めてだったので、ボクは少しワクワクしながら財布を手に取った。

外に出ると、まさにそれは残暑ムード満載で、アスファルトからジリジリという悲鳴が聞こえてきそうだ。
ヤマネさんは意気揚々とジャケットの裾をはためかせながら横断歩道を渡り、向こうで信号待ちしている広電を、額に汗を溜めて今か今かと待ち構えている。
手にはデジカメが握られていて、十メートルも離れてみれば、変態オヤジにしか見えない。

広島駅行きの扉が開く。八月よりも冷房の効きを抑えているのか、あぁ生き返るわぃという冷気が身体を包むことは無く、かといって湿気が無いので、もわっという熱気が押し寄せてくるわけでもない。普通に暑い車内である。
「あのぉ、ヤマネさん?」
「ん?何?」
「いや、何で、カメなんですか?」
「あぁ、子供のころからね。この季節の甲羅干しはありがたぁいものとして育てられてきたけぇね」
「はぁ」
「カメが好き、とかじゃなくて?」
「好きよ。好きじゃけど、ほれ、桜が咲いたら人ごみの中を花見するじゃろ?桜が好きゆぅんとも、ちょっと違うじゃろ?」
「まぁ、そうですね」
妙に説得力がある。この辺りが寝技のヤマネとブンゾーが言う所以なんだろう。
次の停留所に着いて、再び扉が開く。今度は強烈な西日と共に、外から生ぬるい風が吹き込んでくる。それでも、初秋だと感じるから、不思議だ。
ヤマネさんが扉が閉まりかけたのを確認して、続ける。
「甲羅干しするっちゅうことは、天気がエェって証拠じゃけぇね」
なるほど。
そう言えば、先日見たテレビで、稲穂が頭をたらしたこの季節の風雨は、せっかくできた宝を泥だらけにするようなもんだ、と、どっかの農家のジイィが言っていた。
それで、甲羅干しね。
確かに、甲羅干し、と聞くと、何となく暖かな春の匂いと、豊かな秋の風を連想させなくも無い。
カメにしてみれば、何らかの生物的な理由で、ただ日に当たっているだけなんだろうが、カメそのものにありがたいイメージがあるのも、関係するのかもな。

ゴトゴトと音を立てながら、電車は間隔の短い停留所を刻んでいく。
八丁堀と胡町なんて、ものの百メートルぐらいしか離れていない。胡町って、本当に必要な電停なのか?と思っていたが、いざ広島で働き始めてみると案外使っているから不思議だ。
途中の電停で、学校が終わったばかりの小学生が三人、電車に乗り込んできた。
ICチップの内蔵されたカードを誇らしげに読み取り機に近づける姿が、微笑ましい。
一人だけいる女の子が、「宿題、返ってきた?」と聞く。夏休みの宿題のことだろうか。
男子二人が、声をそろえて「赤ばっかしじゃったよ」と答える。
「えぇのぉ、サキは頭がエェけぇ」
「あんたらがちゃんとやらんけぇでしょうが」
「社会とか、マジやばかったんじゃけぇ、オレ」
そこからは男子二人による『オレの方が悪かった大会』の開催である。審査員足るべき女の子が怪訝な顔をしてこちらを伺う。ジッと見ていたのが気持ち悪かったのだろうか。スマンスマン、と微笑んで、ふとヤマネさんの方を見ると、デジカメで以前のカメの写真を見ながら光悦の表情をしていた。
なるほど、真犯人は、こいつか・・・

Hiroden

胡町で電車を降りると、一層の暑さが身を包む。
この市電の唯一の欠点は、停留所が夏暑く、冬寒い点である。夏はギラギラと輝く太陽とジリジリ鳴るアスファルトに包まれ、冬はゴウゴウと吹き抜ける風に縮こまるハメになる。
もっとも、隣の変態オヤジにとって暑さは何の障害にもならないらしく、信号が青になるや、いそいそとビルに囲まれた池に向かっていく。
広電オタク、というのは聞いたことがあるし、アイドルオタク、温泉オタク、自分の周りにもそれらしいヤツが色々いるが、カメに向かって嬉々として向かっていくスーツ姿のオヤジは図抜けて異様だった。

柵で囲まれた緑地の端にある池に近づくと、ものの見事にカメが横並びして甲羅干しをしていた。
皆同じ方向を向かって、ジッと動かない。
回りこんで見ると、寝てるんだか起きてるんだか分からない顔をして、ぬぼぉっと日に当たっている。
確かに、愛らしく、幸せを感じさせてくれる光景だ。
この池にカメを住ませようと考えた人がそこまで考えていたかどうかは分からないが、ジッとカメと見つめ合っていると一時、ここが街中だ、ということを忘れる。
時折後ろを通るトラックの荷台がガタガタなるのを聞いて、ハッと我に返る。
そしてまた、カメを目を合わせる。

反対側のデパートで買い物を済ませたらしいオバサン三人組が、キャーキャー言いながら携帯電話でカメの写真を撮りに来る。
オレはそれに気圧されて、池の端のほうに場所を移す。そこはビルの陰に隠れて、西日が当たらず、少し離れた位置から、日干しのカメを見つめることになった。
小さな中州のような岩に何匹ものカメしがみついて、西日を奪い合う。動かない無表情なカメたちが、それでいて必死に岩にしがみついているのが伝わってきて、何だか滑稽だ。
「カメは日焼けせんでエェねぇ」と一人のオバサンが言う。
「シミとかできんのんかなぇ」と隣のオバサンが続く。
「日焼けしとるけぇ、こんな色なんじゃないんかね」と向こうのオバサンが突っ込む。
手前のオバサンが「よぉ見ると斑点のようなんがあるねぇ」と返す。
それを聞いて、他の二人がまたキャーキャー笑う。
一匹のカメがゆっくりと左前足を前に突き出した。
「あぁれ、伸びをしたよ、今。ほら、あんたぁ見た?」と言ってオバサンたちがまたはしゃぐ。
向こう側にいる変態は孫でも見るような顔つきでカメを愛でたり、写真を撮ったり。まったく平和だよ、世の中は。

カメは西日を浴びて甲羅干し。
オレはビル影から池を見つめて睨めっこ。
変態は額に汗溜め恵比須顔。

再び広電を降りて会社に戻る頃には、秋らしい風が吹き始めた頃だった。

机の上にはブンゾーからの素敵な殴り書きが転がっている。
『今秋の字が違うんじゃ!』
なるほど、今週ではなく、今秋だったのね、とブンゾーの怒りを受け流す。
半年前、広島に来た頃にイチイチ反応していたキツイ表現も、もう気にならなくなった。今となっては『今秋の字が間違っています』と丁寧に書かれる方が、よっぽど嫌だ。
ヤマネさんは嬉しそうに撮ってきたばかりの写真を支店長に見せている。
それを完全に無視していたカエデさんが、支店長の「オマエ、カメばっかり追っかけよると、禿げるぞ」という一言にお茶を噴出す。それを見て、頭部ミステリーサークル状態の支店長が苦笑いを浮かべる。

オレ達はそのあと、クサツさんが取引先から貰ってきたピオーネをつまみながら、残りの仕事を片付けた。


   DSC00533

(この物語はフィクションです)

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投稿情報: 12:34 カテゴリー: 広島の作り話 | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)

広電物語(5) : 「銀山町からトボトボ歩いて」

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広島市内を走る路面電車。通称「広電」。
ここではその「広電」の駅にちなんだショートストーリーを公開しています。
全て作り話の”つもり”ですが、広電に乗ればそんな風景も・・・
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■広電路線図■

Rosenzu

 

広電物語【2】-(5) : 「銀山町からトボトボ歩いて」


「ほいじゃったら、今夜は銀山町に集合で」
「電停から流川側に渡ったところに六時な」
「はぁ、分かりました」

納涼会、というのをやるらしい。
ボクが広島に移った時も、別に歓迎会らしきものはなくて、カエデさんを除く四人が昼飯を代わる代わる食わせてくれたぐらいだったから、支店六人全員の飲みなんてものはもちろん初めてで、支店長とは二度ほど、外回りの帰りに飲みに行ったが、それ以外の人とは初めてだった。
「オヤジさんは酒癖が悪いけぇのぉ」という、ヤマネさんの不吉な声がこだまする。
オヤジさんことブンゾーは外回り中だ。
今日はやたらと機嫌が良さそうなカエデさんが「今年のお店はねぇ」などと言って説明して回っている。

「あれ、キミ、初めてだっけ?飲むん」
「はぁ、そうですね。カエデさんだけじゃなくて、オヤジさんともヤマネさんとも、クサツさんとも初めてです」
「根暗じゃねぇ。てか、支店長とは、行ったん?」
「はい。二度ほど」
「気持ち悪」

なぜ、気持ち悪いのか。確かに支店長はヌボっとしていて、二人で一緒に飲みに行っても、あまり喋ったり、笑ったり、酒が入って変わるタイプではない。適度に酔っ払って、「うぅ眠いのぉ」とか何とか言って、十一時前には切り上げる。健全と言えば、健全だ。

「金曜なのに銀」という訳の分からんオヤジギャクを振りまくヤマネさんを無視して、外回りに出かける。
広島に移ってきて五ヶ月。ようやく慣れた、という感じがする。
何と言うか、東京でもそんなものなのか分からないが、はじめ「ヨソイキ」だった問屋や業者の態度が、少しずつ溶けてきた実感があるのだ。
相変わらずディープな広島弁は分からないし、ドライなのかアットホームなのか分からない支店の勝手に戸惑うこともあるが、少なくとも、外回りは軌道に乗ってきたような気がする。

夜は銀山町だし、幟町辺りを回るかぁ、と思い、鞄に入れたお手製問屋マップを広げる。外は灼熱だが、広電に乗るとクーラーが程よく効いていて、そんなに人も乗っていないから暑苦しさはない。
思えば東京の地下鉄は、急に人が増えたり、変な匂いがしたり、車両によっては咽かえるように暑かったり。
バスで行った方が近い場所でも、思わず広電に乗ってしまう。なんだか、この路面電車のゴトゴトという音と揺れが、ボクは気に入っていた。

「営業さん?」
不意に隣の初老の女性に聞かれる。白いハンカチで額の汗を拭いながら、買い物籠を足元において、「暑いねぇ。スーツなんか着て、大変じゃろぉ」と懐っこい笑顔で微笑んでくる。
東京だけじゃなく、どこの地方都市でもそうなんだろうが、こういった人に出会うのは、もはや奇跡的体験だ。
電車で隣合わせた見知らぬ人に屈託無く話しかける。それだけのことが、この世で一番難しいことかのように、存在を消している。
ボク自身、こうやって話しかけられるのは、広島に来て二度目だった。
「はい。ジュースとか、飲み物を作ってる会社でして。外回り中なんです」
ボクは少し砕けた表現と表情でそれに応える。
「はぁ、そりゃあ大変なことで。暑い間が稼ぎ時ですねぇ」
女性は、本当に大変なことをボクがしているかのように、ボクの身を案じる表情をした。

本当のところ、清涼飲料は暑い時が稼ぎ時なんかではない。暑すぎると、人は外で飲み物など買わないのだ。
それでもボクは、それを指摘することなく、女性にお辞儀をして、銀山町の電停で下りた。
女性はニコニコと「頑張ってくださいね」と言って、また窓の外を見つめた。
ボクは銀山町から炎天下の中をトボトボ歩いて、今夜の飲み会とは逆方向に営業に出かけた。

Hiroden

「クサツはまだ来んのかぁ」
ブンゾーが怒鳴る。広島では「おらぶ」と言うらしい。
確かに、ブンゾーの酒癖は悪かった。殴ったり、泣き上戸になったりする訳ではないが、誰彼かまわず悪態をつく。支店長に対しても「笑ってばっかりおらんと、ちィたァ、シャキッとせぇや」と怒鳴る。
ブンゾーは確かに支店長よりも古くからいるらしく、その人脈はちょっとやそっとでは築けないものだが、こういった性格だから、本社からはまったく評価されないんだという意味のことをヤマネが耳打ちしてくる。
かく言うヤマネも、オヤジギャグでムカデに絡み続けている。向こうの方で一人しんみりと飲む支店長。
度々飲み会が開かれない理由が、何となく分かる。
それでも、ムカデも楽しげに、時折ブンゾーに「うるせぇオヤジ」とか何とか言いながらオシボリを投げつけては、楽しそうにキャッキャキャッキャ笑っている。
仕方なく、ブンゾーの隣を退散して、支店長の横に座る。

「オヤジさん、酔ってますね」
「あぁ、いつもこんな感じよ」
「大変ですね」
「そうでもないよ。慣れりゃあね。他人に迷惑かけるわけじゃないし」
確かに、ブンゾーは店員に対しては、横柄な態度はとらない。営業の性、というやつだろうか。一応、この店もお客さんな訳だし。
遅れて、ようやくクサツさんがやってくる。
スミマセン、と謝ろうとしたクサツさんに、オヤジさんとカエデさんがいきなりオシボリを投げつける。ムカデはどこからオシボリを調達してきているのか、さっきから投げ続けている。クサツさんは何食わぬ笑顔でボクの隣に転がり込む。
こちら、奥から支店長、ボク、クサツさん、向こう側奥から、オヤジさん(ブンゾー)、カエデさん(ムカデ)、ヤマネさん。なるほど、クサツさん、上手いな。
クサツさんはボクが入るまで完全に下っ端扱いだったそうだ。年はカエデさんの方が下だが、カエデさんは営業ではないので、荷物運びや運転手など、メンドクサイ仕事は全部しとったんよ、と前に言われた。
それをボクがするのか、と思うとゾッとしたが、なぜか未だにクサツさんがやっている。
ブンゾーが今度はカエデさん相手に「おまぇいつまで結婚せんと会社に居座るつもりやぁ。おとぉちゃん泣いとるぞ」とか言って絡んでいる。東京ならセクハラと認定されかねない絡みの隣でヤマネさんが「カエデはオレと結婚するんじゃモンねぇ」とか言いながら抱きつこうとしてヒジ打ちを喰らっている。

驚いた顔をしていたのか、支店長がニコニコしながら、「支店じゃあ、普通の光景よ」と言う。
「はぁ、なるほど」と言いながらタコのぶつ切りをつまみ、ビールで流し込む。隣ではクサツさんが必死にコロッケに齧りついている。
「そういえば支店長は、東京にもいらっしゃいましたもんね」
「そ、そ。五年前までね。六年間。楽しかったなぁ」
「楽しかったですか?」
「楽しかったよ。東京は大きい街じゃけぇね」
「まぁ、そうですね」ボクは若干のプライドをくすぐられながら答える。
「オレと支店長は山口なんよ、出身」クサツさんが言う。
「あ、そうなんですか?」
「そうそう。広島でも都会よぉ。山口から出てきた時はビックリしたもん」
「誰か私が愛媛じゃってバカにしたね!」
なぜかムカデの投げつけたオシボリがボクの頬を叩く。
「ははは、山口も愛媛も、属国みたいなもんよ」ブンゾーが言い放つ。
オシボリを拾いながら、「ヤマネさんはどちらなんですか?」と尋ねる。
「オレ?オレは三次」
「あんたぁ庄原じゃろ?」
「三次に最も近い庄原よ」
「庄原って山以外に何があるんね?」
「愛媛が言うなや、ミカンポンカンポンジュース」
「ポンジュース、バカにしんさんなや!」
「まぁまぁみんな、いいじゃあないの」
「うるせぇ宇部」
「おっと、カエデ、宇部をバカにしたの?」
「まぁまぁ」
「うるせぇ江戸っ子」
三つぐらいのオシボリが飛んでくる。
なんだ、みんな、楽しそうじゃないか。そんなことを思いながら、ボクは鯵の南蛮漬けに手を伸ばした。


   DSC00533

(この物語はフィクションです)

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投稿情報: 12:24 カテゴリー: 広島の作り話 | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)

広電物語(4) : 「稲荷町のババァ」

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広島市内を走る路面電車。通称「広電」。
ここではその「広電」の駅にちなんだショートストーリーを公開しています。
全て作り話の”つもり”ですが、広電に乗ればそんな風景も・・・
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■広電路線図■

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広電物語【2】-(4) : 「稲荷町のババァ」


「おう、ちょっとカエデと稲荷町のババァんとこ行って、先月の金もろぉてきてくれや」
「あ、はい。馬場さん?」
「ちがぁわぃ、ババァよ、バ、バ、ァ」

人を馬鹿にしたようなトーンで、将棋の香車の駒に似たブンゾーが言う。どうやったら、それでも憎めない、どこかカワイイ雰囲気を醸しだせるのか、何度見ても分からない。
はぁ、カエデさんかぁ。外はすっかり梅雨空だが、それ以上にカエデさんとの外出は気が思い。
カエデさんは、こっそりオレがつけたムカデというあだ名のまんま、といった性格で、二人で外回りに出かけさせられると、兎にも角にも不機嫌極まりない。
以前一度出かけたときは、途中で置いて帰られた。広島に来て日が浅かったオレは、散々迷って支店に戻ったものだ。
諦めて、気だるそうなムカデの元に向かう。

「カエデさん、オヤジさんが、稲荷町のババァって所に先月のお金を貰ってきて、って」
「は?私?あんた行ったらえぇじゃん」
「いや、ボクも行くんですけどね。場所とか、よく分からないし」
「しょオがないねぇ」
これじゃけぇとか、何とかブツクサ言いながら、ムカデが、ミミズが這った様な地図を描いて、こっちによこす。
「ここよ、ここ、分かるじゃろ?」
立ったままのオレの腹をボールペンで突き刺しながらムカデが凄む。二百メートル先から見たら、サンダルから素足を突き出した美人の先輩にボールペンでつつかれながら上目づかいで迫られている様子にでも見えるのかもしれないが、現実にはボールペンを持っていない方の手でセンベイ袋をまさぐりながら、右の足の親指の爪で左の足の裏を掻いている。
「えぇっと、今回だけでも着いていっていただけるとありがたいのですが・・・」
ムカデは目の端で睨んだまま、無視を決め込み、センベイを齧る。
オレの困った様子に気がついたのか、思い腰をブンゾーが上げて、ゆっくりとやってきた。
「カエデぇ、オマエが行かにゃァ、払ろぉてくれんじゃろ?」
「だって、外は雨よ、雨」
オヤジさんがムカデのセンベイ袋から一枚センベイを取り出して齧る。
諦めた様子のムカデが右手をぬぃっと突き出す。
「ん?」
「タクシー」
「は?」
「タクシーぃ」
「広電があるじゃなぁか」
「雨よ、雨」
「広電も雨漏りはしゃーせんよ」

ムカデの言うことも分からないではない。梅雨時期はもちろん日本全国どこにいたって嫌なものだが、広島の梅雨は特別だ。ジトジトジトジト。しかも、都内に比べて常に外を歩かされるから、ズボンの裾はいつだって湿っている。
車が使えればいいのだが、あいにく本日は支店長が使用中だ。
結局カエデさんはオヤジさんからセンベイ代と称して千円を取り上げ、しぶしぶとサンダルを突っかけて、細い割に重い腰を上げた。

Hiroden

ビルの外に出ると、まさに土砂降りでオレは走って行ってタクシーを止めようと、傘を持っていない右手を上げようとしたが、タクシーが止まった時にはムカデは後ろにはいなかった。
おぃおぃ、十メートルそこらとは言え、あんたのために気を使って雨の中走ったんだぞ?
そんなことお構い無しに、ムカデは広電の停留所に向かって横断歩道の信号が青になるのを待っている。

「あのぉ、タクシーは?」
「はぁ?あんたの安月給で払うん?」
「えっ?いや、さっき、オヤジさんから・・・」
「あれはセンベイ代よ。分かる?バカじゃないんかね、あんたァ」
そう言うと、どうやらボクの安月給に気を使ってくれたらしいムカデは、青になったばかりの横断歩道をズイズイと進み、停留所に向かった。
停留所には既に三人ほど人がいて、買い物袋をぶら下げて、時折線路から目を上げては、雨を憂いていた。
運良く、提灯みたいな箱で、緑色の「駅」の文字が光り、広島駅行きの広電が音を立ててやってくる。

相変わらず機嫌の悪い(様に見える)ムカデが、一つだけ空いた席にどっかりと座り込み、オレは再びその前に立つことになった。
「稲荷町のババァって、どんな人なんですか?」
沈黙に耐えられず、ついつい話しかけてしまう自分が悲しい。
これは都会人のクセなんだと、広島に来て分かった。東京では誰も彼もが、まるでそれが仕事かの様に電車の中で話をしている。
広島でもそうなんだろうけども、会社員同士が電車で移動するという機会が圧倒的に少ないから、それが街で目立たない。事実、車で外回りをしている時は、余計な話はあんまりしなくなる。片方が運転しているから、というそれだけの理由で、時間を持て余さない。
ムカデがジロっと睨む。
「あんた、本人に向かってババァなんて言いんさんなよ」
そりゃそうだ。「何て呼べばいいですか?」
「稲荷町さん、じゃね」
「何でカエデさんなんですか?」
「知らんよ。強情なババァでね。振り込みもせんし、行かんと払わん。私じゃないと金は渡さん」
「はぁ」
「男は覚えられんのと」
「なるほど。確かに」
「ほんまにそう思うんね?」
「いや、何となく、皆、スーツですし」
そう言うとカエデさんは笑った。
初めて見たかもしれない、笑った表情は、年相応の悲哀と、美人ならではの可愛らしさの混同した、何とも言えない表情だった。
だとしたら、ボクは何でついて来る必要があったんだろうか。

電車が稲荷町に着いたことを告げる。
ツカツカと傘で人をよけながらムカデが出口に向かう。
いい加減に百五十円を放りこんで、停留所を信号の方に向かって歩いていく。
この人は、何で働いているんだろう、そんなことを不意に思う。
中々変わってくれない信号を恨めしそうに睨みつけながら、ムカデは器用に片手でタバコに火をつけ、ふぅっ、と煙を吐き出した。
「停留所は禁煙です」という張り紙の真ん前で。


   2010020517120001

(この物語はフィクションです)

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投稿情報: 22:56 カテゴリー: 広島の作り話 | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)

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