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広島市内を走る路面電車。通称「広電」。 |
ここではその「広電」の駅にちなんだショートストーリーを公開しています。 |
全て作り話の”つもり”ですが、広電に乗ればそんな風景も・・・ |
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広電物語【2】-(13) : 「はじめまして!」
「と、言うことで、こちら新人のナガタさんじゃけぇ、みんなよろしく」
「はじめまして!ナガタエイミです。よろしくお願いします!」
「エイミってアホっぽい名前じゃね」
隣を見ると、既にカエデさんが小言を言っていた。周りに誰もいないので、どうやらオレに言っていたらしい。
「アホっぽいとか言っちゃダメっすよ」と囁くと、「あれが賢そうな顔に見えるゆぅんね」と言われた。
確かにナガタは、おっとりと言うか、ぬけてると言うか、まぁお世辞にも賢そうではない顔だった。
「だからって言って、ダメですよ。アホとか言っちゃあ」
支店長の挨拶が終わるなり、クサツさんが、さっそくあれこれと説明役を買って出ていた。
「まったくみんな若けりゃえぇんじゃろ」とはカエデさん曰くだが、まぁ正直、毒気も込みでキツメ仕様のムカデと比べると、間逆ではある。どちらかと言うと、ヤマネさんとタイプが似ているかもなぁ、とか思っていたら、支店長がやってきて、「オマエが一番年が近いんじゃけぇ、仕事とか教えちゃってや」と言って肩を叩かれた。
「カエデもほら、女子トイレとか、ワシらじゃ教えにくいのもあるじゃろぅ?」と言った支店長に、「小学生じゃないんじゃけぇ、便所ぐらい一人で行けるわぃね!」と最後までムカデは不機嫌だった。
昼休みを前に、ブンゾーことオヤジさんと外回りに出かけた。もちろん、昼メシも込みである。
この季節の広島は街並みや街路樹がきれいで、外回りも楽しかった。ちょっと客先に出かけていって昼メシ込みで周ってくるのを覚えたのは最近のことで、一年経ったころからブンゾーが連れて行ってくれるようになったからだった。
「オヤジさん、今日は何します?」
「オマエなぁ、客先行く前から何しますは無いじゃろ」
「すみません・・・」
「今日はトンカツかのぉ」と言いながら、ブンゾーも外の日差しを気持ち良さそうに仰いだ。
正直言って、新人の子が女の子で良かったなぁ、と思う。
それは別に下心があって、と言うわけじゃなくて、男だと何かと比べたりすることもあるだろうし、また広島の男だったりすると、そいつが「広島生まれ」であることに嫉妬してしまう自分がいることが分かっていた。他人が比べてこなくても、自分自身が比べて落ち込んでしまうのだ。
その点、女の子なら比較することも少ないだろう。まぁ、その代わりにカエデさんがやったらと不機嫌なのは予想外だったが。
「てか、ナガタさんって出身、広島でしたっけ?」とブンゾーに聞いたら、大して興味も無いようで、「知らんのぉ」と答えて隠居したジジィの様な穏やかな眼差しで風に吹かれる平和大通の木々を眺めていた。
「この季節は、街が綺麗ですね」
「ほぉじゃろ。広島はフラワーやって、とうかさんも来るけぇの。飲料もよけぇ売れるし。えぇ時期よ」
飲料ってのは、人が外に出れば出るほど売れる。みんなが家の中にいる寒い時期は、缶コーヒーを主力にしているメーカーはともかく、うちの様な清涼飲料主体のメーカーには辛い。それに比べて、春から梅雨までは、花見だイベントだ、と人が外に出て、結構飲み物を買ってくれる。暑いだけの夏より、商品によってはこの時期の方が売れ行きが良かったりもするのだ。
オレはブンゾーと並んで平和大通を歩きながら、一年経って随分とこの街に慣れたなぁと感じていた。去年の今頃には、木々が風に吹かれる音とか、全く聞いている余裕が無かった。ブンゾーに怒鳴られる回数も減ったし、支店長曰く、むしろブンゾーがこれまでで最もかわいがっている若手なんだそうだ。これまでの若手の行く末がオレは気になったが、それは黙っておくことにした。
「あそこに趣味の悪いビルがたっとるじゃろ?」とブンゾーが指差したのでそっちを見ると、確かに趣味の悪いガラス張りのビルが建っていた。
「あそこは昔古本屋だったんよ。カセットを売っとってから、ワシがまだ新入社員の頃、会社帰りに立ち寄ったりしとったよ」
ブンゾーが新入社員の頃、と言うのが想像ができなくて笑ったら、ブンゾーは「オマエ今、カセットが古いゆぅて笑ろぉの!」と言って的外れに怒鳴った。オレは何だかおかしくて、もう一回笑った。
しばらく歩いて客先に着いたときブンゾーは、足を止めて「やっぱり今日は鳥がえぇわぃ」と言った。
「あのさぁ、ナガタさんを区役所に連れてってやってもらえん?」
「え?区役所ですか?」
昼メシを食って戻ると、いきなり支店長に民生顔で呼び止められた。
「そうそう。転入手続きゆぅん?あれをせにゃいけんじゃろ?」
「はぁ。ボクも去年やりましたけど」
「カエデはそれぐらい一人で行けるゆぅし、ワシじゃ役に立たんし」
役に立たない、と言われてオレは返答に困った。その通りだろう、と思ったからだ。曖昧にうなずいたのが同意と取られたのか、支店長は「じゃ、よろしくの」と言って戻っていってしまった。
確かにムカデじゃないが、区役所ぐらい一人で行けないのかよ、と思って見ると、ナガタは珍しそうに窓の外を見ていた。まるで見学に来た小学生の様だ。あいにくクサツさんもヤマネさんも出払っている。まさかブンゾーに頼むわけにはいかず、仕方なくオレはナガタの所に言って、「あのぉ、区役所行きたいんでしょ?」とムカデの睨みを一閃に浴びせられながら、静々と尋ねた。
ナガタが「あ、はい!区役所に行きたいです!」と答える。
そう言えばナガタは広島出身じゃないってことか。後ろで「アホじゃないんね」ムカデが言っているのが聞こえたが、オレは少し興味も湧いたので連れて行くことにした。
「じゃ、ハンコとか必要なもん持ったね」と念を押してからビルを出る。
「はい!もしかして路面電車で行くんですか?」
会社のある袋町から区役所のある市役所前までは歩いても行ける距離だったが、「乗りたいの?」と聞いたら「はい!」と答えたので、オレ達は広電の電停へ、歩道を半分渡って行った。ムカデが見たら、さぞや悪態をつくことだろう。
「ナガタさんは広島出身じゃないの?」
「私、佐賀出身なんです!先輩も、広島じゃないですよね?」
「あぁ、オレは東京」と答えたが、どうやらそれにはあまり関心が無かったようで、本通りから音を立ててやってきた広電を見てキャッキャはしゃいでいた。本当に小学生かよ・・・と思いながら、「電車賃は降りるときにね」と教えてやる。オレは最初広島に来たときにどうしてもそれに慣れなかったのだが、東京以外ではそれは普通のことなのか、ナガタはむしろオレの注意に首をかしげながら、「整理券はなかですか?」と探した。
「整理券は無いの。市内はどこまで乗っても150円」
本当は白島線とか違うのもあるが、めんどくさいので割愛した。なかですか?と言うのが微妙に佐賀を感じさせて、何だかかわいかった。
「初めて広島にきたの?」
「はい!大学も福岡でしたし、面接も研修も福岡でしたから」
「あぁそうなんだ」
そういえばオレは佐賀にも福岡にも行ったことが無かった。
「広島から福岡ってどれぐらいかかるの?」と聞いたら、「新幹線で一時間ぐらいですよ」と言われたので、今度行ってみようか、と思う。広島に来て以来、行った場所と言えば山口だけだった。東京にいる頃には箱根とか、九十九里とか、結構遠出することが自然だったのに、車が無いと動きづらいせいもあって、どうもこの一年出不精だ。
ナガタは区役所の申請書類を三枚無駄にしながらも、どうにか転入手続きを済ませ、住民票も手に入れた。
ついつい馬鹿にしがちだが、オレも一年前、大学から一人暮らししている友人に電話をかけながら、ようやくのことで済ませた手続きだった。
「帰りは歩いて帰ろうか」と言うと、素直に「はい!」と答えた。悪い子では、無いんだろうけどなぁ。オレは何となくムカデが嫌いなタイプなのが分かるような気がした。
歩いて戻りながら、「これが中国電力で、この通りが平和大通。それからこっちに行くと平和公園があって、あそこに見えるのは白神社。このクラウンプラザってのは元々ANAホテルで、真っ直ぐ行けば繁華街の本通りや紙屋町だよ」とオレは説明し、その度にナガタはフンフン頷き、「はい!」と答えた。
何だかこの街を説明しているのは気恥ずかしくもあったが、ナガタは特に違和感を感じては無いようだった。
オレは不意に気になって、「東京って行ったことある?」と尋ねた。
ナガタは珍しく歯切れ悪そうに頷いて、「昔、ちょっとだけ」と答えた。
オレは「ちょっとだけ」と言う返答に引っかかったものの、それ以上は突っ込まなかった。
お昼に食べた焼き鳥丼がどうも口に残っていたので、お土産にコンビニでアイスクリームを買って戻ると、不機嫌だった筈のムカデが一番に取りに来て、「なんねぇ」と睨んでオレが自分用にと思って買った抹茶アイスをさっさと取って行ってしまった。
仕方なくストロベリーを取ると、ナガタが「ありがとうございました」と言って、スプーンを渡してくれた。
「若い子がおるゆぅんも悪くないのぉ」とムカデに聞こえないように目を細めたオヤジさんに、オレが深く同意したのは言うまでも無い。
(この物語はフィクションです)
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